エネルギーを無駄にせず、価値に変える。カーボンニュートラルを支える技術への挑戦


林 俊宏(はやし としひろ)
NTT株式会社宇宙環境エネルギー研究所 環境負荷ゼロ研究プロジェクト エネルギーネットワーク技術グループ グループリーダー
東京大学工学部を卒業後、2006年に同大学院工学系研究科修士課程を修了。専門はエネルギーマネジメント。2006年に日本電信電話株式会社(現NTT株式会社)に入社後、マイクログリッドやデータセンタのエネルギーマネジメントに関する研究開発や国際標準化などに携わる。2014年よりNTTファシリティーズにて、海外の実証プロジェクトなどを担当。2019年より研究所にて、ICT/エネルギーリソースの統合最適化技術の研究などに携わる。2025年1月より現職。
近年、DX(デジタルトランスフォーメーション)や生成AIの急速な普及により、データを処理・保存するデータセンタ(以後、DC)の需要が高まっています。これに伴い、DCやネットワーク設備の消費電力量が今後もますます増えていくと考えられています。一方で、世界的にもカーボンニュートラル※への関心が高まっており、DCでの使用電力を再生可能エネルギーへと切り替える取り組みが注目されている状況です。
こうしたなか、環境負荷ゼロ研究プロジェクトのエネルギーネットワーク技術グループでは、「DC需要増への対応」と「カーボンニュートラルの達成」という2つの課題を同時に解決するため、DCを活用した需給調整によってCO2を排出しない再生可能エネルギーを有効に利用する「エネルギー最適制御技術」と、今まで捨てていた排熱を高効率に利用する「エネルギー循環技術」の2つの研究テーマに取り組んでいます。このような環境負荷を低減するための挑戦について、グループリーダーの林俊宏氏に詳しくお話をうかがいました。
※カーボンニュートラル:温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすること
1. 再生可能エネルギーを有効活用する、電力制御の新しいアプローチ
エネルギーネットワーク技術グループが取り組んでいる研究について教えてください。
エネルギーネットワーク技術グループでは、「包括的なエネルギー循環によってカーボンニュートラルが達成される世界」の実現をめざしています(図1)。
「包括的なエネルギー循環」というのは、もともと自然界の炭素循環の考え方をエネルギー分野に応用したものです。これまでエネルギーは「創る」「運ぶ」「貯める」「使う」という流れでとらえられてきました。そこに新たに「吸収する」という観点を加えることで、「エネルギーはただ消費するもの」という従来の発想を超え、より広い視点からエネルギーサイクルを構築したいと考えています。
さらに、そのサイクルの中央にあるのが「つなぐ」という要素です。これは、ICTによって「創る」「運ぶ」「貯める」「使う」「吸収する」といったステップを有機的につなぎ合わせることを意味します。ICTを活用してエネルギーの流れを統合し、新しい価値を生み出していく―それが私たちの描く将来ビジョンです。
このビジョンの実現に向けて、「つなぐ」役割を担うのがエネルギー最適制御技術、「吸収する」役割を担うのがエネルギー循環技術です。私たちはこの2つの技術について研究を進めています。
林さんは、グループリーダーとしてエネルギーネットワーク技術グループを統括されているのはもちろんのこと、研究者として、再生可能エネルギーを有効活用するための「エネルギー最適制御技術」に取り組んでいらっしゃいます。まず、この研究の背景を教えてください。
近年、ChatGPTをはじめとする生成AIの普及が急速に進んでいます。しかし、その裏ではデータを処理するために非常に多くの電力を消費しています。たとえば、OpenAI社の言語モデル「GPT-3」の学習時の消費電力量は1時間あたり最大で1,287MWと推定されており、これは原子力発電一基の1時間分の発電量を上回ります。こうした生成AIの急速な普及に対応するため、DCが次々と新設・増設されており、それに伴って電力需要は増加の一途をたどっているのが現状です。日本のDCの新増設に伴う需要電力量は、2030年度には2025年度の約10倍になるとも予測されています。
一方、社会全体ではカーボンニュートラルの実現に向けて、再生可能エネルギーの利用が進められています。NTTグループでも、環境エネルギービジョン「NTT Green Innovation toward 2040」において、2030年におけるDCとモバイルのカーボンニュートラルの実現を掲げており、その一環として再生可能エネルギーの導入を積極的に進めています。
しかし、再生可能エネルギーの活用には課題があります。日本の電源構成は、原子力発電や水力発電などのように出力が一定の電源と、火力発電のように出力を調整できる電源、そして太陽光発電のように季節や天候などの自然条件によって出力が左右される再生可能エネルギーを活用した電源で成り立っています(図2)。
(画像出典:経済産業省『出力制御について|なるほど!グリッド|資源エネルギー庁』)
特に太陽光発電は晴天時に大量の電力を発電しますが、電力需要を上回ると火力発電の出力調整だけでは吸収しきれず、その結果、太陽光発電の出力抑制により、発電を止めざるを得ないケースが発生します。つまり、本来利用可能であった再生可能エネルギーが廃棄されてしまうのです。
将来的に再生可能エネルギーの導入量が増加すれば、この余剰電力の活用はますます重要となります。電力供給側の対策として、地域間で電力融通ができるよう送電網の増強の整備などが計画されていますが、消費電力の大きいDCなどの電力需要側でも、将来のDC需要の増加に応えながら、再生可能エネルギーを捨てずにより有効に活用するための対策が不可欠だと考えています。
そのような背景のもと「エネルギー最適制御技術」に取り組んでいらっしゃいますが、どのような技術なのでしょうか?
再生可能エネルギーの発電状況に応じて、複数のDC間で演算処理(以後、ワークロード)を柔軟に移動させることで、DCの電力需要を調整し、再生可能エネルギーの利用量を拡大する技術です。
近年は仮想化基盤や分散クラウドの発展により、地理的に離れた複数のDCをあたかもひとつの統合されたDCのように運用できる環境が整いつつあります。また、NTTのIOWNオールフォトニクス・ネットワーク(以後、APN)でDC間をつなぐことで、低遅延で大容量のワークロードを移動させることが可能になります。
これらの技術を活用して、たとえば天候が悪く再生可能エネルギーが不足している地域のDCのワークロードを、再生可能エネルギーが余っている地域のDCへ移すことができます。これにより電力を無駄にせず効率的に使うことができるようになります。
このような制御を実現するために、各DCの電力需要と太陽光発電量を事前に高精度に予測し、需要と供給の差に応じて、どのDCにどの程度の電力を配分し、ワークロードをどのように移動させるかを最適化する技術を研究しています。さらに、DC間のワークロード移動だけでなく、蓄電池の充放電も組み合わせることで、より柔軟な電力需要の調整をめざしています。
加えて、将来的な応用として、DCに限らず携帯無線基地局間でワークロードを移動させる技術や、電源設備やDCの最適な立地を提案するアルゴリズムの研究にも取り組んでいます。これらによって、再生可能エネルギーのさらなる有効活用につなげていきます(図3)。
その技術開発はどの程度まで進んでいるのですか?
ワークロード移動に関する最適化技術については、基本技術がすでに確立しています。具体的には、ワークロードを移動してもサービスに支障が出ないか、どの程度の電力をどれくらいの時間で移動できるかを、シミュレーションやサーバー実機での実験を通して技術実証しています。
さらに、天候に応じた発電量や電力需要の予測結果に合わせて、「どの程度のワークロードを移動すべきか」あるいは「蓄電池の充放電で対応すべきか」を判断する最適化の仕組みも検討しています。たとえば、「ある時間断面において各DCでの電力の需給バランスが取れている」という制約条件のもと、「再生可能エネルギーの利用率を最大化する」といった目的関数を満足するように、ワークロードの移動先・量や蓄電池の充放電量を決める最適解を導き出しています。現在は最適化モデルの構築を完了しており、3拠点のDCを想定したシミュレーションを通して、ワークロード移動や蓄電池の制御が再生可能エネルギーの利用量の向上につながることを確認できました。
さまざまな技術開発をしていらっしゃいますが、どのような点で苦労されていますか?
技術面での課題としては、DCの拠点数が増えたときの計算の複雑さへの対応が挙げられます。現在のDCの多くは大都市圏に集中していますが、AIサービスの普及に伴って、今後はDCが地方にも分散し、拠点数が増えると予想されています。拠点数が増えていくと、制御対象であるワークロードや蓄電池の選択肢がそれだけ増えることになります。また、各地域での再生可能エネルギーの発電量や電力需要の特徴なども考慮する必要があるため、取り扱う最適化問題が大規模で複雑になります。そのため、こうした大規模な問題に対して、いかに効率的に最適解を導出できるかが大きなチャレンジになっています。
また、最適化技術だけでなく、発電量や電力需要の高精度な予測、ワークロードや蓄電池の制御、これらの機能間でのデータ連携など、複数の技術を組み合わせる必要があります。これは私たち単独での取り組みでは作り上げることができないため、関連するNTTの研究所と連携しながら進めています。
2. 包括的なエネルギー循環によるカーボンニュートラルの達成をめざして
エネルギーネットワーク技術グループのリーダーとして「エネルギー循環技術」についても携わっていらっしゃいますが、これはどのような技術なのでしょうか?
エネルギー循環技術は、従来は未利用のまま放出されていた排熱を吸収し、有用なエネルギーへと変換する技術です。
私たちは石油や天然ガス、石炭、原子力、太陽光など自然から採取できる一次エネルギーを電力や燃料などに変換して、さらに動力や熱、光などに再変換して利用しています。しかし、一次エネルギーは6~7割が利用することなく熱として捨てられています。この捨てられている熱を効率的に回収し、電気や冷熱(常温より温度の低い熱エネルギー)などのエネルギーに戻すことで再利用することができないか、ということで研究に着手しました。
具体的には、DCなどから生じる低温の排熱を、少ないエネルギーで効率的に輸送し、冷熱を生成する技術や、工場などからの高温の排熱を電力に直接変換し再利用する技術の研究を進めています。
2つの技術の今後の展望を教えてください。
これまでもお話ししたように、私たちは「包括的なエネルギー循環によってカーボンニュートラルが達成される世界」の実現をめざしています。エネルギーに「創る」「運ぶ」「貯める」「使う」に加えて、「吸収する」という観点を取り入れ、さらにICTを活用してそれらを「つなぐ」ことで、新しい価値を生み出す世界を描いています。
今後は、このビジョンを社会に近づけていくために、エネルギー最適制御技術については、研究所の枠を超えて、DCを保有・運用する事業者や、再生可能エネルギーなどの発電や送配電を担う事業者と連携しながら実証を進めていきます。また、エネルギー循環技術については、大学や研究機関などとのオープンイノベーションを通して、コアとなる技術の確立を加速させていく予定です。
3. グループリーダーとして「技術」も「人」もつないでいく
グループリーダーとしても活躍されている林さんですが、なぜ研究の世界に進まれたのですか?
小学生の頃から数字に触れることが好きでした。算数の問題を式に置き換えて答えを導く過程に楽しさを感じ、数字を通じて物事を整理するのが自然と自分の習慣になっていました。また、大学ではシミュレーションについて勉強したのですが、複雑な事象をモデル化し、コンピューター上で可視化・再現できることに大きな感動を覚えました。数値やデータを使えば、現象を理解するだけでなく、未来を予測し、新しい解決策を描くことができるのではないか―その可能性に強く惹かれました。
大学院に進み、石油や天然ガスなどのエネルギー資源について専攻しましたが、その過程で環境エネルギー問題への関心が高まりました。化石燃料は有限であり、いつまでも頼れる資源ではありません。さらに、日本はエネルギー資源に恵まれておらず、その多くを海外に依存している状況です。そのような問題に直面し、未来の世代のためにサステナブルな社会を実現する必要性を強く意識するようになりました。
そうしたなかで知ったのが、NTTの研究所で当時行われていた、太陽光発電や蓄電池などの分散電源を組み合わせたマイクログリッドの研究や実証でした。ここなら、自分の「好き」であるデータ分析やシミュレーションを活かしながら、社会的に重要な環境エネルギー課題に取り組めると考え、研究所に進む決め手となりました。
グループリーダーとして、研究メンバーとどのようにかかわっていらっしゃるのでしょうか?心がけていることなどがあれば教えてください。
チームにとって「将来のビジョンを明確に示すこと」を特に大切にしています。研究活動では日々さまざまな課題に直面しますが、目の前のことにとらわれすぎると、手段そのものが目的化してしまい、本来めざすべきゴールを見失ってしまうことがあります。そこで私は、必要に応じて方向性を確認し直し、チーム全体で軌道修正を行いながら前進できるよう意識しています。いわば「羅針盤」のように、常に進むべき道筋を示し続けることが私の役割だと考えています。
また、最終的なゴールを掲げるだけでなく、その道のりを段階的な目標に分解することで、メンバーが小さな達成感を積み重ねられるようにしています。その一歩一歩の積み重ねが、確実にゴールへ近づいているという実感につながり、挑戦を続ける原動力になると信じています。
さらに、研究に集中できるような業務環境を整えることもリーダーとしての大切な責任です。安心して新しいことに挑戦できる環境があるからこそ、メンバーのモチベーションは高まり、新たなアイデアや発想が生まれると考えています。私たちのチームには、年齢や役職、専門分野、経験など多様なバックグラウンドを持つメンバーが集まっています。その違いをチームの強みとして活かせるよう、誰もが自由に意見を交わし、風通しのよい雰囲気のなかで前向きに議論できる職場づくりを心がけています。多様な視点が交わることで、これまでにない価値が生まれる瞬間を楽しみながら、新たなチャレンジに挑んでいきたいと考えています。
加えて、グループリーダーとしては、社内外の多様なステークホルダーをつないで、研究をより大きく前進させていきたいと考えています。研究成果を社会へと広げていくことで、再生可能エネルギーの有効活用や環境負荷低減といった課題解決に直接つなげたい、そして、持続可能な社会の実現に貢献できるような、より大きなゴールを仲間とともに達成していきたいと思っています。
宇宙環境エネルギー研究所の魅力は何であるとお考えですか?
宇宙環境エネルギー研究所の魅力は、目の前の課題解決にとどまらず、未来を見据えて研究テーマを自らデザインし、挑戦できる環境にあることだと思います。「将来こういう社会を実現したい」という大きなビジョンを掲げながら研究を進められる点は、研究者にとって大きなやりがいにつながります。
また、NTTの事業領域は情報通信だけでなく、エネルギーをはじめ農業や水産業など社会を支える幅広い分野に広がっています。そのため、異なる業界の会社や研究機関と連携しながら技術実証を進め、社会実装につなげていけるのも大きな魅力です。実際に私も事業会社に在籍していたときに、研究所技術の実証プロジェクトを通じて社会課題の解決につながる瞬間を体感しましたが、その経験は研究者として非常に刺激的でした。
さらに、研究テーマの多様さゆえに、自分の専門性を存分に活かせるだけでなく、新しい領域に挑戦しながら視野を広げていける環境も整っています。挑戦する意欲があれば、未来を形づくる最先端の研究にかかわるチャンスが無限に広がっています。
今後も将来のビジョンや夢を持ち、社会をよりよく変えていきたいという思いを持った方々と一緒に研究を進め、次の時代を切り拓いていきたいと考えています。
このオウンドメディアは、NTT宇宙環境エネルギー研究所がサポートしています。
宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。






