タンパク質クライシスとは?持続可能な食料生産の課題と対策について解説
日頃の食生活で何を心がけているかと聞かれたら、「バランスのよい食事」「野菜をしっかりとる」といったことを挙げる人が多いでしょう。このように答えられるのは、毎日の食卓に当たり前のように肉や魚、大豆といったタンパク質を豊富に含む食品が並んでいるからです。しかし近い将来において、このタンパク質の供給が深刻な危機に直面する可能性があることをご存じでしょうか。「タンパク質クライシス」と呼ばれるこの問題は、21世紀の食料安全保障上の重大な課題として、欧米を中心に議論が行われています。
早ければ2030年頃にはタンパク質の需要と供給のバランスが崩れ、具体的な影響が現れるとされるタンパク質クライシス。本記事では、この差し迫った地球規模の課題の実態、その要因と影響、また未来に向けた解決策として、サステナブルな陸上養殖などの取り組みについて紹介します。


1. タンパク質クライシスとは?
まず、タンパク質クライシスという言葉の意味や、なぜタンパク質が私たちの食生活において重要なのかといった基礎知識について整理します。
1-1. 専門家が警鐘を鳴らす「タンパク質クライシス」
タンパク質クライシスとは、「世界的なタンパク質需要の急激な高まりに対して、現在の食料生産システムが持続可能な方法で対処できない状態」をさす言葉です。これは単なる食料不足という問題にとどまらず、地球環境や世界経済など、私たちが暮らす社会に深刻な影響をおよぼす問題であると多くの専門家が警鐘を鳴らしています。
1-2. タンパク質の役割と健康への影響
タンパク質は炭水化物や脂質とともに、人間の身体にとってなくてはならない三大栄養素と呼ばれています。筋肉や臓器、皮膚、毛髪など、私たちの身体のさまざまな組織を構成する栄養素であり、特に成長期の子どもにとっては欠かせません。
タンパク質にはたくさんの種類がありますが、すべてのタンパク質は20種類のアミノ酸がもととなって合成されます。このうち9種類の必須アミノ酸(不可欠アミノ酸)は人間の体内でつくることができないため、食品として摂取する必要があります。
厚生労働省が発表している「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、1日の食事から摂取することが推奨されるタンパク質の量は、18歳~64歳の男性で65g、女性は50gです。これは平均的な値で、人間の体重1㎏につき約1gのタンパク質を1日で摂取する必要があると考えられています。また、成長期の子どもや妊娠中、授乳期の女性はタンパク質を多めにとることが推奨されています。
1-3. タンパク質の供給源と世界のタンパク質供給の現状
タンパク質を多く含む食品には、肉類や魚介類、卵類、乳製品などの動物性食品、大豆製品などの植物性食品があり、パンやご飯にもタンパク質は含まれています。日本では伝統的に魚介類や大豆製品が好まれてきましたが、実際にはどのような食品からタンパク質を摂取しているのでしょうか。図1は20歳以上の日本人のタンパク質の摂取源を示しています。ここからは魚介類や大豆製品以外の食品からも、多くのタンパク質を摂取していることがわかります。

(画像出典:厚生労働省『令和元年 国民健康・栄養調査報告』をもとに作成)
食品から摂取するタンパク質は、その量だけではなく、人間の体内でつくることができない必須アミノ酸がバランスよく含まれているかどうかも重要です。必須アミノ酸の含有バランスのよいタンパク質は、体内での利用効率が高く、余分な老廃物も発生しません。また、動物性食品に含まれるタンパク質と植物性食品に含まれるタンパク質では体内での吸収スピードや働きに違いがあるため、いろいろな食品から良質なタンパク質を摂取することが推奨されています。
このように、私たちにとって良質なタンパク質の摂取は重要ですが、世界には十分なタンパク質の供給が維持できていない地域があります。国連の食糧農業機関の報告によると、世界人口の約3分の1が経済的な理由などから十分な食事を摂取できていません。特に開発途上国では、食料不足による栄養失調は深刻な問題です。この世界的な食料問題には、良質なタンパク質の供給不足も含まれており、このことは広範な食料問題の一部として、すでにタンパク質クライシスが進行していることを示唆しています。
2. なぜタンパク質が足りなくなるのか
次に、タンパク質クライシスが懸念される主な要因について見ていきます。
2-1. 人口増加と経済発展が引き起こすタンパク質の需要拡大
国連の予測によると、世界の人口は2050年までに約97億人に達する見込みです。これに伴い、世界全体のタンパク質の需要も大幅に増加することが予測されます。農林水産省の推計によると、2050年には2010年の1.8倍の畜産物需要(牛肉、豚肉、鶏肉および乳製品の需要)が生じるとされ、特に新興国の人口増加と経済発展によって、これまで日常的に肉を食べる習慣がなかった人々による食肉の消費量が急増することが予想されています(図2)。食肉生産は植物性タンパク質と比べて生産過程で多くの資源を必要とするため、この傾向は環境への負荷をさらに増大させることにつながります。

(画像出典:農林水産省『2050年における世界の食料需給見通し』をもとに作成)
2-2. 従来の食料供給システムの限界
これまで食料増産のために行われてきた集約的な農業は、土壌の劣化や水質汚染を引き起こし、結果として長期的な食料生産の持続可能性を脅かしています。特に大量の水と広大な土地を必要とする畜産業は、すでに地球の環境容量の限界に近づきつつあると考えられています。
地球は「水の惑星」といわれますが、地球に存在する水のうち約97.5%は海水等で、淡水は約2.5%にすぎません。しかも、淡水の7割は南極や北極に氷河や氷山として存在し、残りのほとんどは地下水です。河川や湖などにあって利用しやすい淡水は地球上の水のわずか0.01%で、この貴重な淡水の約70%は農業で使われています。図3は、地球に存在する水の量を地球の大きさと比較して示したものです。私たちが利用しやすい形で存在する水の量がいかに少ないかがわかります。

(画像出典1:アメリカ地質調査所『How Much Water is There on Earth?』)
(画像出典2:国土交通省 水管理・国土保全局 水資源部『令和6年版 日本の水資源の現況』)
利用可能な水資源の減少と土壌の劣化によって、作物の収穫量は不安定になり、タンパク質の生産に直接的な影響を与えています。これにより、現在の農業システムは増大するタンパク質需要に持続可能な方法で対処することが困難になっています。
海洋に目を向けると、世界の水産物の漁獲量は過去50年で2倍以上に増えていますが、これは乱獲や気候変動によって生態系が変化し、従来の海面漁業による漁獲高が減る一方で、養殖による水産物の生産量が世界的に急成長しているためです。しかし、主要な養殖方法である網いけすを使った海面養殖には、飼育環境の管理が難しいという欠点があります。気象の影響を受けやすく、ウイルスや寄生虫などが流入すると病気が広がってしまいます。
また、餌の与えすぎによる富栄養化(海域に窒素やリンなどの栄養塩類が流入して、赤潮や青潮の原因になる現象)や、いけすから逃げた魚の天然魚との交配など環境面への影響が問題視されており、米国ではほとんどの沿岸州で網いけすを使った海面養殖が禁止されています。養殖で使用する餌に関しても「食用魚を別の食用魚の餌とするのは大変な無駄使い」と指摘されており、代替餌の研究開発が急務となっています。
4-3で紹介する陸上養殖に大きな期待がかけられている背景には、こうした海面漁業、海面養殖におけるさまざまな課題があるのです。
2-3. 気候変動が農業や畜産業に与える脅威
地球規模の課題である気候変動は、異常気象の増加や気温上昇によって、農作物の収穫量や畜産業に直接的な影響を与えています。特に、タンパク質の供給源となる穀物や豆類の生産が不安定になっています。
図4は、気候変動によって世界の気温と降水量がどのように変化するかを、2010年と2050年の予測で比較した結果です。これを見ると、気温(上図)は地域による差はあるものの全体的に上昇するのに対し、降水量(下図)は増加する地域と減少する地域があることがわかります。
このような変化は、水不足による収穫量の低下や栽培可能地域の縮小といった影響をもたらし、農作物の生産が不安定になるだけでなく、畜産業にも影響がおよびます。畜産業では、家畜の飼料となる作物の減少に加え、家畜の飲用水不足や暑熱ストレスの増加が成長や健康に悪影響を与えます。


上:2050年の平均気温の分布の変化。赤色が濃い部分ほど気温上昇が大きい。
下:2050年の降水量の分布の変化。赤色の部分で降水量が増加し、青色の部分で減少することが予想される。
(画像出典:農林水産省『2050年における世界の食料需給見通し』)
2-4. 海洋における気候変動の脅威
すでに紹介したように「水の惑星」といわれる地球の水のうち淡水はごくわずかで、ほとんどの水は海洋に存在します。2050年までに予想される陸上での深刻な水不足を考えると、タンパク質の持続的な供給において海洋には大きな期待がかけられますが、気候変動の影響は海洋においても顕著です。
海面水温が平年より高い状態が続く「海洋熱波」の発生は、この30年で50%増えています。海水温の上昇や海洋酸性化によって生物のすみかが奪われる可能性が危惧されているほか、海流の変化によって水産資源の分布、生態系の構造も変化していることが報告されています。熱帯海域での潜在的漁獲量は、2050年までに最大で40%減少するという予測もあります。
3. タンパク質クライシスがもたらす影響
ここからはタンパク質クライシスがもたらす影響について、具体的にどのようなことが想定されているのかを見ていきます。
3-1. 栄養不足や健康問題の深刻化、社会格差の拡大
1-2で説明したように、タンパク質は人間の身体にとってなくてはならない栄養素であり、タンパク質の供給不足は特に子どもの発育に影響を与えます。このことが将来的な労働生産性の低下につながり、国家の経済発展にも悪影響をおよぼすことが懸念されています。また、この問題は既存の社会格差をさらに拡大させる要因にもなりかねません。
3-2. 環境破壊の加速と生物多様性の喪失
タンパク質需要の増大に伴う農地拡大のための森林や生態系の破壊は、生物多様性の喪失を加速させます。すでに食肉を増産するための牧草地の拡大によって、毎年のように広大な面積の森林が失われています。畜産業では、牛のげっぷに含まれるメタンガスのほか、排泄物からも温室効果ガスが発生します。飼料の生産時にも二酸化炭素が排出されるため、畜産業は温室効果ガスの排出量が多く、気候変動を加速させる要因のひとつとされています。
同様に海洋においても、水産資源の漁獲量を適切に管理して持続可能な漁業を推進していかなければならない状況です。2-2で解説したように、人工的に魚介類を育てる海面養殖も餌の与えすぎや、いけすから魚が逃げることによる沿岸環境への影響が問題視されています。このような状況でタンパク質需要の増加に対応しようとすると、環境や生物多様性への悪影響は免れないものとなるでしょう。
3-3. 食料安全保障上の脅威、国家間競争の激化
タンパク質供給の不安定化は、食料資源を巡る国家間の競争を激化させ、新たな地政学的緊張を生み出す恐れがあることも専門家が指摘しています。これまで以上に食料安全保障が国家運営の重要な要素として認識されるようになり、国際政治に変化をもたらす可能性があります。
4. タンパク質クライシスの解決策
最後に、タンパク質クライシスに対して、現在どのような対策が進められているのかについて解説します。
4-1. 代替タンパク質源の開発と普及
植物性タンパク質の可能性
植物性タンパク質は、生産過程における環境負荷が低く、健康面でも利点があるとされる、動物性タンパク質に代わるタンパク質源です。大豆、エンドウ豆、レンズ豆などの豆類や、キノア、アマランスなどの穀物が、高品質のタンパク質源として注目されています。これらを原料とした代替肉(植物性ミート)の開発も進んでおり、従来の肉製品に近い味や食感が実現されつつあります。
培養肉技術の進展
培養肉は、動物の細胞を培養してつくられる新しいタイプの食肉です。牧場ではなく研究室や工場内で生産されるため、従来の畜産に比べて土地や水の使用量を大幅に削減でき、温室効果ガスの排出も抑えられる可能性があります。現在は技術の進歩によってコストダウンと品質向上が進んでおり、2020年にはシンガポールで培養肉の販売が世界ではじめて承認されました。
昆虫食の未来
昆虫は、高タンパクで環境負荷の低い栄養源として注目されています。国連の食糧農業機関が食料危機の解決策として昆虫食を推奨したことも話題になりました。もともと多くの文化圏で食用とされている昆虫ですが、近年は西洋諸国でも徐々に受け入れられつつあります。コオロギやミールワームなどを原料とした食品開発が進んでおり、将来的に重要なタンパク質源となる可能性があります。
4-2. 持続可能な農業生産システムの構築
アグロフォレストリーとリジェネラティブ農業
アグロフォレストリー(森林農業)は「森をつくる農業」とも呼ばれ、樹木を植え、その間の土地で農業や畜産業を行います。生物多様性の保護と持続可能な食料生産を両立させようとする農法です。
リジェネラティブ農業(環境再生型農業)は、土壌の健康を回復させながら食料を生産する手法で、健康な土壌は炭素をより多く固定するので気候変動の抑制にも貢献します。
これらの方法は、環境に配慮しつつタンパク質生産を行う新たな農業のモデルとして期待されています。
垂直農法と都市農業
垂直農法は、都会の超高層ビルなどの高さを利用して垂直的に農作物を生産する、限られた土地を有効活用して食料を生産する方法です。特に都市部での食料生産に適しており、生産物の輸送コストと環境負荷の軽減につながります。このような都市農業の推進により、各都市圏内でのタンパク質生産が可能になり、食料安全保障の向上に寄与します。
AIとIoTを活用したスマート農業
人工知能(AI)とモノのインターネット(IoT)を活用したスマート農業は、生産効率の向上と資源利用の最適化を可能にします。たとえば、精密農業技術によって作物の生育状況に応じた適切な水や肥料の供給が可能になり、生産性の向上と環境負荷の低減を同時に達成できます。
4-3. 持続可能な水産業、養殖システムの構築
2-2で紹介したように、陸上での食料供給システム、特に畜産業はすでに地球の環境容量の限界に近づきつつあります。また、海洋も気候変動の大きな影響を受けていますが(2-4)、水産業には持続可能な動物性たんぱく質の供給源として大きな期待がかけられています。
付加価値の高い代替餌の開発
これまでの養殖業では、餌に小型の天然魚が多く用いられてきました。そのため、現在は代替餌の研究開発が進められていますが、このなかには餌を食べた魚の排泄物に含まれる窒素やリンといった水質の汚染物質を減らし、環境への負荷を低減する付加価値を備えたものもあります。
養殖に適した種の選定
動物性タンパク質の供給源不足を魚ではなく二枚貝で補うという考え方もあります。たとえば、ムール貝やカキは自然に漂う栄養物を摂取して育つため、養殖に広い場所は不要です。ただし、自ら動くことのできない貝類は特に幼生時代に気候変動による海洋酸性化の影響を受けやすいという側面もあります。
先端技術を駆使した陸上養殖システム
いけすを使った養殖がもたらす環境上の問題を最小限に抑えるための試みとして、循環式の養殖水槽を用いた陸上養殖があります。最先端の技術を駆使したシステムによって水質や水温、餌の量などを適切に管理して、限られたスペースで自然の状態よりも短い時間で多くの魚介類を育てることができます。
4-4. 先端技術によるタンパク質生産の革新
遺伝子編集技術を用いた高タンパク質作物の開発や、タンパク質の抽出・精製技術の向上など、タンパク質生産の効率を高める技術開発が進んでいます。これらの技術は、限られた資源でより多くのタンパク質を生産することを可能にし、タンパク質クライシスの解決に貢献する可能性があります。
4-5. 国際協力と政策立案の必要性
タンパク質クライシスは世界規模の課題であり、国際的な協力体制の構築が不可欠です。今後は持続可能なタンパク質生産に関する研究開発プログラムの推進、技術移転や知識の共有、タンパク質の公平な分配をめざす国際的な枠組みの構築が必要になります。各国の政府レベルでも、持続可能なタンパク質生産を促進する補助金制度や、環境負荷の高いタンパク質源への課税など、適切な政策立案が求められます。
4-6. 消費者の食習慣の変容と啓発活動
タンパク質クライシスの解決には、消費者の意識改革と食習慣の変容が不可欠であることが指摘されています。タンパク質源を肉類に偏って求めるのではなく、環境負荷の少ない食品を選択するように促すことが重要です。
具体的には、学校での食育プログラムの強化、メディアを通じた啓発活動、食品ラベリングの改善、持続可能なタンパク質源を使用した製品の開発などが考えられます。これらにより、消費者が自らの食習慣がもたらす影響を理解し、より持続可能な選択をすることが期待されます。
4-7. 循環型食料供給システムの構築
タンパク質クライシスの解決には、循環型の食料供給システムへの移行が重要です。ここには食料廃棄物の削減、廃棄物の堆肥化と農業での活用、食品加工副産物のタンパク質源としての利用などが含まれます。また、魚と野菜を同じシステム内で一緒に育てる生産手法であるアクアポニックスなどの技術を活用して、水産養殖と農業を統合することも有効です。これらの取り組みにより限られた資源を最大限に活用することで、持続可能なタンパク質供給を実現できる可能性があります。
5. NTT宇宙環境エネルギー研究所の取り組み
早ければ2030年頃にはタンパク質の需要と供給のバランスが崩れ、具体的な影響が現れるとされています。NTTは、この差し迫った地球規模の課題に対して、さまざまなアプローチで解決に取り組んでいます。
そのひとつが、NTTグリーン&フード株式会社が進めている高機能な魚介類を生産するための陸上養殖システムの開発です(当サイトの記事「地球と食の未来をデザインする」を理念に、NTTグリーン&フード株式会社の事業がめざす新たな社会貢献とは?を参照)。

(画像出典:『NTTグリーン&フードの陸上養殖プラントが竣工~日本最大級の陸上養殖プラントで安全、安心、高品質なシロアシエビの生産開始~』)
NTT宇宙環境エネルギー研究所においても、「生物学的CO2変換技術」によって中性子線照射を用いた藻類の品種改良に世界ではじめて成功しました。この品種改良技術を用いて、魚介類の餌となる藻類の炭素固定量や餌としての特性の向上を実現し、海洋の食物連鎖を活用することで、環境問題とタンパク質クライシスの両問題の同時解決が期待されます。
また、NTTは気候変動や海洋汚染、資源の過剰利用の影響で疲弊した海洋自体にも目を向けています。「生物多様性の保全に向けた海洋生態系未来予測技術」では、物質循環や生物・化学的な現象を広域にリアルタイムで観測し、海流や海洋渦、湧昇などの物理現象と組み合わせたモデル化を進めています。さまざまな海況での海洋生態系の変化を予測することで、再生のための道筋を示すことが可能です。
さらに、NTTは海洋を高解像度にシミュレーションする研究にも取り組んでいます。「海洋微生物繁殖予測技術」では、海洋の基礎生産を支える多様な微生物と数km規模の乱流渦の相互作用をモデル化し、海洋微生物の繁殖予測を行います。微生物の繁殖や生息分布を推定し、海洋の物理現象との相互作用を解明することで、現状ではどの気候モデルにも考慮されていない気候変動への海洋の包括的な応答や役割を知ろうとする試みです。
これらの最先端の研究は、タンパク質クライシスにとどまらず、世界規模の食料問題や地球環境の問題におけるさまざまな課題の解決に貢献する多くの成果をもたらしてくれるでしょう。
6. まとめ
- タンパク質クライシスとは、世界的なタンパク質需要の急激な高まりに対して、現在の食料生産システムが持続可能な方法で対処できない状態をさす。
- 三大栄養素と呼ばれる「エネルギー産生栄養素」のひとつであるタンパク質は、私たち人間の身体の成長や、免疫機能など身体の機能調節において重要な役割を果たしており、生命の維持に欠かせない栄養素である。
- タンパク質の供給が追いつかない主な要因としては、人口増加による消費量の増大、従来の食料供給システムの限界、経済発展に伴う食生活の変化などが挙げられる。
- タンパク質クライシスは、食料安全保障への脅威、健康問題、環境破壊、社会的格差の拡大、国際関係への影響など多面的な影響をもたらす。
- タンパク質クライシスの解決策として、代替タンパク質源(植物性タンパク質、培養肉、昆虫食など)の開発と普及、持続可能な生産システムの開発などが進められている。
- 動物性タンパク質の供給源として持続可能な水産養殖に大きな期待がかけられており、NTTでも先端技術を駆使したサステナブルな陸上養殖システムの研究を進めている。
- 消費者の食習慣の変容と啓発活動、国際協力と政策立案、循環型食料システムの構築も今後の重要な対策として挙げられる。
参考文献
- BBC NEWS JAPAN『「培養鶏肉」の販売、シンガポールが承認 世界初』
- NTT宇宙環境エネルギー研究所『「地球と食の未来をデザインする」を理念に、NTTグリーン&フード株式会社の事業がめざす新たな社会貢献とは?』
- NTTグリーン&フード株式会社『NTTグリーン&フードの陸上養殖プラントが竣工~日本最大級の陸上養殖プラントで安全、安心、高品質なシロアシエビの生産開始~』
- NTT研究開発『海洋微生物繁殖予測技術』
- NTT研究開発『生物学的CO2変換技術』
- NTT研究開発『生物多様性の保全に向けた海洋生態系未来予測技術』
- PGIMジャパン『食料問題について考える 変化を続ける食料システムにおける投資機会』
- アメリカ地質調査所『How Much Water is There on Earth?』
- 環境省『図で見る環境白書 循環型社会白書/生物多様性白書(平成22年版)第4章 水の星地球-美しい水を将来へ-』
- 厚生労働省 健康日本21アクション支援システム~健康づくりサポートネット~『たんぱく質(たんぱくしつ)』
- 厚生労働省「日本人の食事摂取基準」策定検討会『日本人の食事摂取基準(2020年版)』
- 厚生労働省『令和元年 国民健康・栄養調査報告』
- 国際連合広報センター『人口と開発』
- 国際連合食糧農業機関 駐日連絡事務所『世界の食料安全保障と栄養の現状(SOFI)2024年報告』
- 国土交通省 水管理・国土保全局 水資源部『令和6年版 日本の水資源の現況』
- 国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター『878. ~水は命、水は食料。誰も取り残さないために~』
- 農林水産省『2050年における世界の食料需給見通し』
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