極端気象未来予測という新領域を開拓し、外部連携により研究開発を加速

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。

松原 浩史(まつばら ひろし)

NTT宇宙環境エネルギー研究所 レジリエント環境適応研究プロジェクト 極端気象未来予測技術グループ グループリーダー
慶應義塾大学理工学部を卒業後、1997年に日本電信電話株式会社(NTT)に入社。NTT東日本にて、自治体・官公庁向けの法人営業、防災関連ソリューションの企画推進、SE担当課長などの業務に従事。2018年より研究所にて、危機管理・セキュリティ分野の研究開発に携わる。2020年より宇宙環境エネルギー研究所にて、海域での超広域なIoTセンシングと、観測データを活用した高精度な極端気象予測の実現に向けた研究テーマを立ち上げ、2024年10月より現職。

近年、ますます極端化する台風や線状降水帯などの気象現象の予測は難しく、「台風がいつ、どこを、どれくらいの勢力(風速、雨量)で99%の確率で通過する」といった高精度の予測は、現状では実現できていません。NTT宇宙環境エネルギー研究所の極端気象未来予測技術グループは、台風の進路や強度などを高精度に予測する技術と、予測に必要なデータを海域で直接観測する超広域大気海洋観測技術の研究を行っています。

今回は、NTT東日本で長年にわたって法人営業やSE職に従事してきた経歴を持つグループリーダーの松原浩史氏に、同グループの研究内容や活動状況、そこで生まれる研究成果の事業化、社会貢献に向けた活動について伺いました。

1. 新たな領域での研究技術を開拓し、社会貢献につなげる

まず、松原さんがリーダーを務める極端気象未来予測技術グループが社会課題に対して取り組む研究についてお聞かせください。

近年は極端化する台風や豪雨など、これまでに経験したことのない気象現象が私たちの社会に大きな影響を与えるようになっています。このような極端気象がもたらす災害から人々の生命や暮らしを守ることが、重要な社会課題であることは言うまでもありません。

極端気象未来予測技術グループでは、台風などの極端気象を高精度に予測し、事前に適切な対応をすることで、自然災害が社会に与える影響を最小限に抑え、逆にプロアクティブな行動による新たな経済効果を生み出すことを目標に研究を行っています。

具体的には、台風などをターゲットに海域における大気中の水蒸気量や海水温などを地球規模で観測するための「超広域大気海洋観測技術」と、収集した観測データを用いて極端気象を高精度に予測するための「極端気象予測技術」の研究に取り組んでいます。

極端気象未来予測技術グループの研究内容

そもそもなぜNTTは海洋や気象の分野の研究に力を入れているのでしょうか?

NTTグループは毎年、台風や線状降水帯などによって多くの設備被害を受けています。
このような被害を減らすためには極端気象の高精度な予測が必要となります。極端気象の高精度な予測の実現には、観測データの充実と予測モデルの改良が不可欠です。

現在の気象予測は気象衛星を使ったリモートセンシングに頼るところが大きく、雲や雨など天候の影響を受けやすいことから、予測精度の向上には限界があります。そのため、観測データの収集が進んでいない海域での大気海洋観測データを充実させ、リアルタイムの気象予測に活用することが求められていました。

しかし、電力や通信などのインフラがない海洋での観測は非常に難しいため、研究開発が進んでいません。そこで、NTTはこれまで培ってきた通信技術やデータの利活用技術の強みを活かして、海域での大気海洋観測のさまざまな課題を解決し、新たな価値を生み出したいと考えたのです。

私たちの研究グループでは、台風を最初のターゲットとして研究開発を進めています。極端化が進む台風の研究は世界的にも注目度が高く、日本では台風専門の研究機関である台風科学技術研究センター(TRC)が発足しており、緊急性の高い研究分野です。海域での台風周辺では想像を絶する過酷な環境下での観測が必要になりますが、NTTはこの新たな分野での挑戦を続けています。

さらに、台風の観測にとどまらず、極端気象の予測精度向上に向けて、海域での超広域な大気海洋観測技術を展開することをめざしています。将来的には気候、生態系、地殻変動など、幅広い分野での「海洋ビッグデータ」の収集・活用を可能にすることが目標です。

グループリーダーとしての松原さんの役割についても教えてください。

海洋観測や台風予測は、NTTにとって新領域の研究分野です。そのため、専門性の高い研究機関に加え、NTTグループやその他の民間企業などさまざまな組織と連携しながら研究を進めていく必要があります。

グループリーダーとしての私の役割は、大きなビジョンをつくりメンバーを導くことです。また、世界をリードする技術の確立に向けて、研究活動を加速させるべく外部の研究機関や研究者を集め、新たなスキームと信頼関係を構築し、研究者たちが高いモチベーションを保ちながら研究を深めていくための環境をマネジメントすることだと考えています。

2. 壮大なビジョンを共有し、外部との連携を強化

研究の成果を事業や社会貢献につなげるために、どのようにプロジェクトを進めているのでしょうか?

研究開発から事業化に至るまでの道のりには、さまざまな障壁があるといわれます。これを打破するためには、先ほどもお話ししたように、まず関係機関の方々との連携が不可欠です。

そして、NTTの描くビジョンへの共感を得た上で、研究成果をどのように事業化し社会貢献を果たしていくのかという明確な出口戦略を共有します。多くのメンバーと、常に同じ目的を持ってプロジェクトを加速させていくことが重要だと考えています。

一般的には、事業化は研究の成果が出てからはじめることが多いですが、それでは時間がかかり、せっかく開発した技術が陳腐化してしまうことが難点です。将来的に事業を担う企業に研究段階から参画していただき、マーケットを育てていくことで、研究の加速とスムーズな事業展開の実現を図っています。

具体的にNTTはどのようなビジョンを掲げているのでしょうか?

台風・線状降水帯などの極端気象を正確に予測し、プロアクティブに対応することで被害をなくす、あるいは受け流すことができるように世の中を変えていく、これが我々研究グループのビジョンです。それを成し遂げるために、私たちは予測技術を磨いています。

海域での観測自体がとても難しいことですが、そのなかでも過酷な環境下である台風の中心部の観測を目標としたのは、かなりチャレンジングなスタートでした。現在は小さなIoTセンサを海洋に投下して、さまざまなデータを取得するための研究を進めています。

将来的には、IoTセンサを地球規模で配置し、海域にも陸上と同様のIoTセンシング網から、超広域かつ大量な観測データの収集を実現します。この観測データを活用した高精度な未来予測技術を提供することで、NTTのビジョンである激しく変化する地球環境に適応できる社会を実現したいと考えています。

めざす将来像:IoTセンサを地球規模で配置し、高精度な未来予測を実現

最近は、雨の状況がリアルタイムでわかるサービスが提供されており、「5分後には雨が止むから、しばらく雨宿りして待とう」というように、直近の行動に役立てる人も多いと思います。しかし、このような予測ができるようになったのは、ごく最近のことで、陸上における観測データの充実化が大きな要因のひとつです。

台風の中心部の状態をリアルタイムに観測し、台風が通過する海域での海洋IoTセンシングを実現できれば、「発生した台風が何時ごろ、どのエリアを通過する」といったピンポイントの予測が台風発生の数日前には可能になると考えています。これは、人々の行動を大きく変えられるだけでなく、交通機関の運行や企業の活動にも役立てられ、社会に対する新たな価値提供が期待できます。

これらのビジョンの実現に向けて、現在の研究の進捗状況はいかがですか?

研究活動の第一歩となる台風観測については、想定よりも早いペースで研究成果が生まれています。NTTは沖縄科学技術大学院大学(OIST)との共同研究を通じて、2022年にカテゴリ5の台風直下において、世界ではじめて海水温や気圧、波高など、大気と海洋の同時観測に成功しました。(NTTグループ『世界初、NTTとOISTが北西太平洋で、カテゴリ5の猛烈な台風直下の大気・海洋の同時観測に成功』)

2023年には観測装置を増やして台風の中心部を複数地点から観測し、台風が通過する前後のデータを取得することに成功しています。この成果は、外部の専門家から「大変貴重なデータ」と高い評価を得ています。

また、海洋研究開発機構(JAMSTEC)との共同研究を通じて、海洋IoTセンシングに向けた試作機を開発するとともに、衛星・HAPSに先駆け、成層圏上での通信中継局(バルーン型)を活用した超広域な海洋観測実証に成功しました。これにより、公海上での海洋観測データを半径200km超の広範囲のエリアで収集する技術を確立しています。

全地球規模での大気海洋観測技術の開発

さらに、現在は観測装置の小型化・IoT化を進め、超広域にさまざまなデータを取得するための研究を進めています。これは多数の地点で取得したデータを解析して台風の構造を解明することで、台風の動きをピンポイントで予測できるようにするためです。

新領域の研究分野へのチャレンジでしたが、こうした実績を積み重ねることで外部からの評価が高まるとともに、NTT内部での連携も深まっていることを実感しています。

早いペースで研究の成果が生まれている要因は何だとお考えですか?

JAMSTEC、OIST、TRCなどの専門性の高い研究機関と連携し、強力な研究者集団を結成できたことが要因のひとつだと思います。こうした研究体制により、台風観測・予測、海洋IoTセンシングが抱える課題を解決するためのアイデアや技術を生み出すことに成功しています。

一方で、将来的に共同で事業を進めるNTTグループの企業や、観測装置を開発する関連企業がプロジェクトに参画していることも大きな要因でした。日頃の事業展開で培った経験や実行力で、研究活動の加速化に貢献していただいたことで、スピード感のある成果創出を実現できたと考えています。

グループメンバーも自分たちのアイデアが成果に結びつくことで、高いモチベーションを維持しながら研究を楽しんでいます。このことは、グループリーダーとしてとてもうれしいことです。

3. 「社会に貢献できる研究をする」がモットー

グループをマネジメントする上で大切にしていることは何ですか?

グループのマネジメントにおいては、「研究のための研究ではなく、社会に貢献できる研究をする」をモットーにしています。事業経験のない研究者にとって、事業化や社会貢献まで考えながら研究を深めていくことは、ハードルが高いかもしれませんが、自分の研究がどのように事業につながるかを常に意識し、社会に貢献できる研究をしてほしいと思っています。

私たちのグループでは、自分たちの技術がどのように事業に使われるかについて、NTTグループやエンドユーザーにヒアリングしながらロードマップを作成するなど、研究成果の出口戦略を議論しています。実際に現場の声を聞き、研究成果がどのように事業で使われるのかをイメージすることは、研究者たちのモチベーション向上にもつながるため重要です。

そうした考え方に行き着いたきっかけなどはあったのでしょうか?

私はNTTに入社してから約20年間、法人営業とSE職に従事しながら、ビジネスコンサルティングやプロジェクトマネジメントを専門としてキャリアを積んできました。具体的には、官公庁向けの事業提案や、NTTの事業展開に向けたビジネスモデル企画立案、全国的な施策展開、営業支援などに携わってきました。

最新の研究を通じて世の中に役立つ成果を生み出すのが研究所の役割ですが、私はその成果を「いかに使うか」という立場で仕事をしてきたということです。そのなかで研究の成果が実際の事業でどのように活かされ、社会に役立つのかを肌で感じてきました。この経験から、現在の仕事では研究の成果を迅速に社会貢献につなげていくことを最優先にプロジェクトを推進しています。

グループの研究環境はどのような雰囲気ですか?

グループのメンバーだけで研究することはほとんどなく、外部の方々と連携しながら自分たちの研究を進めていくのが私たちの日常です。この環境が大きな刺激となり、研究の加速につながることでモチベーションも高まり、よい雰囲気の中で仕事に取り組めていると思います。

ただし、メンバーの研究活動での悩みやトラブルの解消、稼働負担が大きいときのリソース調整などのサポートは必要ですので、質の高い研究活動を進めるための環境づくりやマネジメントは私の役割となります。

2024年度から地殻変動やプランクトンなど、これまでとは専門分野が異なる研究者が、新たに加わりました。現在のビジョンを修正しながら、それぞれの専門性を活かした研究テーマの研究活動を進めてもらいたいと考えています。「これをやりなさい」ではなく、グループのメンバーが望む研究ができる新たな環境づくりも、重要だと思っています。

4. 業に最大限の貢献を果たす先行モデルとしての役割

グループとして今後どのように研究を発展させていくか、展望をお聞かせください。

最初のチャレンジであった台風観測は、3年連続で観測データ収集に成功しており、台風予測精度向上に向けた研究も活発化しています。2025年度からは、台風に加えて線状降水帯予測に向けた観測をスタートします。

観測技術については、成層圏上に安定した通信中継局を浮遊させ、超広域に大気と海洋をIoTセンシングする技術を開発中です。この研究は、NTTが進める宇宙関連ビジネス「C89」(NTTグループ『宇宙ビジネス分野におけるブランド「NTT C89」が本格始動!宇宙ビジネス拡大・発展へ』)に直結する技術として注目されており、地球規模の観測データの収集と海洋ビッグデータ構築に向けて、大きく貢献できる技術だと考えています。

また、中長期的には極端気象に加えて、プランクトンなどの生態系システムの解明や、海中の地殻変動分析などにも分野を広げるとともに、極端気象予測情報を活用したプロアクティブなマネジメント技術へ研究領域を拡大していくことを想定しています。私たちの新領域への挑戦は、確かな成果と実績を積み重ねながら、成長と発展に向けて次のステージへと進んでいる途中です。

ご協力いただいている皆様への感謝を忘れず、今まで以上に精力的に研究活動を推進していきたいと思っています。極端気象未来予測技術グループの今後の発展に、期待していただければ幸いです。

最後に、NTT宇宙環境エネルギー研究所での仕事に興味のある方へ、メッセージをお願いします。

NTT宇宙環境エネルギー研究所の魅力は、自社のためだけでなく、他社と連携しながら広く社会に貢献できる点にあると考えています。利益を奪い合うのではなく、多くの方々のアイデアを結集して持続的な社会を築きながら新たなマーケットを生み出せるのが、NTTだと思います。

そのためにも、研究することを最終ゴールとせず、研究活動を通じて新たな社会を創造したい、変化する地球環境における課題を解決していきたいという人と一緒に仕事をしたいですね。

長年、自治体や官公庁向けの事業に従事してきた立場から見ると、研究者の方々が進める研究は「ダイヤの原石」です。皆さんと一緒に原石を磨き、時には世の中のトレンドに合わせて磨き方やカットを変え、ほかの研究成果と組み合わせることで、より大きな価値を創造していくことが私たちの役割だと考えています。

まずは自分の研究を深く追究することを第一に考えながら、社会的な課題にも目を向け、自分の研究で何ができるのかを問うてみてください。このことが自分の研究における新たな気づきにつながり、研究を継続する上でのモチベーションにもなると思います。いつか、皆さんと一緒に研究できることを楽しみにしています。

日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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