社会システム変容の研究と有識者のコラム集 コラム⑭ シビックテック

    市民が主体的に地域に関わることで生まれるウェルビーイングシティ 一般社団法人コード・フォー・ジャパン
    代表理事
    関 治之

    社会課題や地域課題は、構造的な問題であるからこそ根本的な課題解決に結びつきにくい。構造化されてしまった状況を変えるには既存の組織構造を超えた活動を生み出し、そこから新たな構造を作り出す必要がある。「ともに考え、ともにつくる社会」というビジョンを掲げ、多様な人々が組織の壁を超えて参加し、自律的かつ主体的に活動をするための共創環境を作っているのが一般社団法人コード・フォー・ジャパンである。

    一般社団法人コード・フォー・ジャパンはCode for Japanという誰でも参加可能なコミュニティを運営しており、今では、90以上の地域で地域版Code forコミュニティが様々な活動を主体的に行っている。このように、市民自身がテクノロジーを活用しながら地域の課題を解決する活動は、「シビックテック」と一般的には呼ばれている。

    テクノロジーを目的化しないために

    2013年にCode for Japanを立ち上げ、これまで様々な人と活動をする中で、テクノロジーはあくまで手段であり、それ自体を目的化してしまうと目指すべき姿や課題の本質を見逃してしまうということを経験してきた。そのため、Code for Japanの活動においては、技術者に偏らず、自治体関係者やNPO、メディア、教育関係者など様々な人が参加でき、あるべき姿を考える場づくりを重視している。

    「なぜやるか?」という問いに現場の人たちが腹落ちしないと、結局テクノロジーの社会実装は行われていかないのだ。

    一方で、スマートシティやスーパーシティといった、都市へのテクノロジー実装活動ではIT企業が中心的役割を担うことが多く、そうなると技術実装ばかりに予算が使われるようになる状況に危惧を感じてきた。しかしながら、ここ数年でそのような流れが変わってきたように思う。2020年に内閣府が発表したスマートシティのリファレンスアーキテクチャ(1)でも、「都市マネジメント層」という形で、目指すべき姿の合意形成や地域のマネジメントの視点が重視されるようになった。つまり、「なんのためにテクノロジーを導入するのか?」という問いがとても重要なのだ。

    さらに、日本が推進するデジタル田園都市国家構想では、ウェルビーイングとサステナビリティの向上が、デジタル化を推進した社会の目指すべき姿として書かれている(2)

    GDPなどの生産性をベースにした指標では生活の幸福感は測れないということは以前から指摘されてきたが(村上・高橋[2020])(3)、政府の方針として、ウェルビーイングを重視する、という方針が示されたことは大きな変化である。

    わたしから始めるスマートシティ

    シビックテックの活動が、市民自身の自律的な参加の上に成り立つ以上、スマートシティというのはシビックテックコミュニティにとっても相性の良いテーマである。

    Code for Japanでは、前述した技術実装が目的化したスマートシティや、効率化や利便性を重視したスマートシティに対して、多様な住民が自律的に参加しながら課題を解決していく「わたしから始めるスマートシティ」をコンセプトとしたMake our Cityプロジェクトを推進している(4)

    あるべき姿を考え実装していくには、これまでまちづくりの対話で重要な役割を担っていたはずのNPOやまちづくり関連のコミュニティ、都市設計関連の組織とも対話を重ねる必要がある。そのためには自動運転車やドローン配送、テクノロジー主体でスマートシティを語るのではなく、住民が主体的にまちづくりに関わることができるようなテーマを設定することで対話の質を上げる、スマートなコミュニティを目指す必要がある。

    そのようなコミュニティを作るために、Make our Cityでは以下のようなことを重視している。

    1.「わたし」のエンパワーメント

    「わたし」発で、なにか新しいことをやってみたいという意欲やアイデアのある方をサポートし共創を実現するためのツールや仕組みを開発する
    具体的な活動:市民エンゲージメントツールDecidimの提供や住民ワークショップの実施

    2.暮らしの質をとらえる

    都市の暮らしの豊かさを捉えて継続的に改善していくために、ウェルビーイング研究にもとづいた幸福度指標を研究する
    具体的な活動:ウェルビーイング指標の研究開発

    3.暮らしづくりの基盤整備

    さまざまなデータを活用して暮らしをつくっていくためのインフラ基盤を開発する
    具体的な活動:オープンソースのデータ連携基盤などのデジタル公共財の提供

    1が市民参加の仕組み、2がウェルビーイング指標、3が技術基盤という形で相互に影響しあう仕組みになっている。Decidimは、バルセロナで生まれたオープンソースツールで、Code for Japanが中心となって日本語化やカスタマイズを行った。現在、兵庫県加古川市や福島県西会津町などで利用されており、市民が行政の様々なプロセスに参加するプラットフォームとして活用されている。具体的には、加古川市では800名ほどが登録しており、スマートシティの戦略についての意見募集や、公共施設の名称決定、河川敷の利活用アイデアの募集など様々なテーマに対して使われているほか、西会津町では将来世代である中学生が町内外の大人たちとともに、まちづくりを行う試みが始まろうとしている。

    2のウェルビーイング指標については、一般社団法人スマートシティ・インスティテュート・ジャパンが開発中のLiveability & Well-being City指標(LWCI)という指標を協同で研究している。このLWCIは、Liveability(住みやすさ)とWell-being(幸福感)の双方をインデックス化するところが特徴で、住みやすさについては統計やオープンデータなどを利用し客観的な数字として表し、幸福感についてはアンケートなどの主観的なデータとして表す点が特徴となっている。つまり、公共施設や医療サービス、公共交通などといった客観的な指標と、充実感や地域の信頼、主体性などといった主観的な指標を組み合わせることで、ウェルビーイングを多角的な視点で捉えようというものである。現在、研究会を実施しており、参加自治体とともに活用方法について検討しているところだ。

    3のデジタル公共財については、欧州で活発に開発されているFIWAREというデータ連携基盤を活用している。デジタル田園都市国家構想でも、共助領域の活動を推進するためのプラットフォームについて書かれているが、それにあたるものである。企業や自治体が生み出す様々なデータを共有し、意思決定や事業運営、公共サービス開発に活かすための基盤になっており、これもオープンソースで公開されている。

    Code for JapanではFIWAREを利用して事業者や自治体間でデータを交換できる仕組みを開発した。各自治体でバラバラにサービスを開発するのではなく、オープンソースで公開されたこれらの基盤を各自治体で使い、FIWARE上で開発した部品を他の自治体とも共有することで、様々なプレイヤーが参画できるプラットフォームが完成する。

    Code for Japanでも浜松市などにプラットフォームを提供しているが、大企業や財団とも連携しながらこのようなデジタル公共財を開発している。

    地域のウェルビーイングを向上するために

    幸せが何を意味するかは個人によって様々だが、幸福の概念は社会的な環境からの影響も大きい。特に、北米では個人的な成功が重視されるのに対し、日本や韓国においては対人関係の調和が重視されることが示されている(Hitokoto, H., & Uchida, Y. [2015])(5)

    筆者は、シビックテックの土壌が豊かになることで、多くの人が主体的にまちづくりに関わり、自らの知恵や能力を発揮し、その結果、他者から感謝されるようなポジティブサイクルが生まれ、その地域のウェルビーイングは向上していくのではないかという仮説を持っている。

    シビックテックの概念は、上記のような、市民が主体的に活動するための場づくりを内包している。このような活動を促進させるには、政府や自治体、企業等がオープンに事業プロセスを公開し、市民の声を聞き、その声が反映される、という経験をできるだけ多く生み出していかなくてはいけない。

    Alliance of DemocraciesとDalia Researchが2018年に調査した民主主義認識指数(DPI)に関するレポートでは、「自分たちの声が政策立案において重視される」という感覚が「ほとんどない」「まったくない」という回答で日本が突出して1位となっている(調査50カ国中で1位)(6)

    例えばCode for Japanでは大学や高校と連携し、デジタルシチズンシップのためのワークショップを行っているが、若いうちから地域の意思決定に自分の意見が反映されるという自信や、地域の課題について考え、解決策を実装してみるといった経験が必要なのではないだろうか。

    もちろん、若者だけでなく、地域の住民が、自らの地域を改善するために積極的に活動をしていくことが必要だ。そのような大人の姿を見るからこそ、若者たちも参加の意義を感じてくれるようになるのだろう。

    「ともに考え、ともにつくる」、この姿勢を持ち、組織の垣根を超えてあるべき姿を考え、行動する、そのような人が増えるための活動を今後も推進していきたい。

    1. (1)内閣府スマートシティリファレンスアーキテクチャ https://www8.cao.go.jp/cstp/stmain/20200318siparchitecture.html
    2. (2)デジタル田園都市国家構想実現会議(第1回)議事次第-牧島大臣提出資料 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/dai1/siryou4.pdf
    3. (3)Yumiko Murakami, Shinobu Takahashi [2020]. Beyond GDP - Development of Measures for Understanding Well-Being. Serviceology, 6(4), pp.8-15. https://www.jstage.jst.go.jp/article/serviceology/6/4/6_8/_html/-char/en
    4. (4)わたしから始める、スマートシティ Make our City https://makeour.city/
    5. (5)Hitokoto, H. & Uchida, Y. [2015]. Interdependent Happiness: Theoretical Importance and Measurement Validity. Journal of Happiness Studies, Vol.16, pp.211-239.
    6. (6)Democracy Perception Index 2018. https://www.allianceofdemocracies.org/wp-content/uploads/2018/06/Democracy-Perception-Index-2018-1.pdf
    1. 各URLは、2023年10月30日にNTT社会情報研究所によりアクセス確認されたものである。

    関 治之

    一般社団法人コード・フォー・ジャパン代表理事。「テクノロジーで、地域をより住みやすく」をモットーに、会社の枠を超えて様々なコミュニティで積極的に活動する。住民や行政、企業が共創しながらより良い社会を作るための技術「シビックテック」を日本で推進しているほか、オープンソースGISを使ったシステム開発企業、合同会社Georepublic Japan CEO及び、企業のオープンイノベーションを支援する株式会社HackCampの代表取締役社長も務める。また、デジタル庁のプロジェクトマネージャーや神戸市のチーフ・イノベーション・オフィサー、東京都のチーフデジタルサービスフェローなど、行政のオープンガバナンス化やデータ活用、デジタル活用を支援している。その他の役職:総務省 地域情報化アドバイザー、内閣官房 オープンデータ伝道師 等。