社会システム変容の研究と有識者のコラム集 コラム⑥ ティール組織
組織づくりの分野ではその歴史において、常に話題に上がる二つの大きな潮流があります。カリスマリーダーが組織を牽引し引っ張っていく「トップダウン型の組織」、そして一人ひとりが比較的自由に振る舞うことができる「ボトムアップや分散型の組織」の二つです。ウェルビーイングの文脈においては後者の形態の組織のほうが充実していると考える人も多いかもしれません。しかし、私はそれを狭い意味でのウェルビーイングだと捉えています。ここで真の意味でのウェルビーイングを実現する組織を探求していきたい。その探求のヒントになるのが、ティール組織に代表される進化型組織です。よくティール組織は上記の「ボトムアップや分散型の組織」と分類されがちなのですが、専門的な視点で語ると、上記二つの潮流の良い部分を統合し、マイナス部分を補うような新しい組織形態を提示しているのです。このコラムでは上記二つの潮流の光と闇を捉え、新しく生まれてきている進化型組織の概要を見ていくなかで、真にウェルビーイングな組織のあり方を探求していきます。
トップダウン型組織といえば、イーロン・マスクやスティーブ・ジョブズのようなカリスマ経営者がビジョンや戦略を提示し、その戦略に基づいて高度に組織化されたマネジメント体制で推進していく姿がイメージできると思います。時に変化の激しいこの世の中で強い推進力を持ちつつも、同時にそのスピードに働く人たちが疲弊している姿も想像に難くないかもしれません。ティール組織ではオレンジ組織(1)に代表されるような、機械のメタファーで表現される組織形態に重なります。組織としての推進力が極めて強いため、その組織の経営者が描くビジョンが野心的で志高い場合、働いている人たちにとってはそこに関われていることに大きな喜びを感じ、幸せな状態と言えるかもしれません。しかし、統率されたマネジメント体制は時に冷徹で、一人ひとり個性を持った人間の良さを活かしきれていない部分があるのではないでしょうか。
ボトムアップや分散型組織は、そのアンチテーゼとして生まれてきている組織形態とも言えます。権限移譲を促進したり、一人ひとりが自由に意思決定できる分散的な組織を発明したりしてきました。ティール組織においてはグリーン組織(2)と呼ばれる形態がそれに当てはまります。多様な価値観が受け入れられ、また人間関係や組織文化も豊かで、幸せそうに働く人たちが増えてきます。しかし、このような組織は同時に特定の難しさを抱えています。多様な価値観を受け入れすぎる故の推進力の低さが課題に上がります。会議があまりにも多すぎる組織や、社内にプロジェクトはたくさんあるもののどこかバラバラで、組織全体としてのシナジーや規模の力学を活かしたビジネスが立ち上がりにくい現状にあります。
この二つの形態の良い部分を足し合わせ、悪い部分を打ち消し合う新しい組織の潮流が、ティール組織やホラクラシー、ソシオクラシーに代表されるような進化型組織になっていきます。この二つの組織形態をつなぐ大切な要素として、「①パーパス・ビッグアイディア」「②人間愛」「③生命体のパラダイムの理解」が挙げられます。そのことがまさに組織における真のウェルビーイングを実現する上で大切になってくるので、その点を見ていきましょう。
ティール組織が日本において評判になり始めた頃、ティール組織を「階層構造がない組織」「ルールがない非常に自由な組織」といったイメージで捉えている人がほとんどでした。同時に「ティール組織にすれば指示命令がなくても、働いている人は自ら自走して働いてくれるんでしょう?」というコメントもよくもらいました。それらには非常に大切な1要素が抜けていたのです。そもそも働く人たちがそのサービスや組織に集まっている目的に共感し、モチベートされていなければ、自走する組織、自己組織化する組織など生まれるはずがないという事実です。そこで出てくるのが、これから説明する二つのキーワードです。組織活動を通じて、今までこの世に存在しなかったような新しいアイディアを実現する(ビッグアイディア)、あるいは心からそのサービスをこの世に提供することに喜びを感じるものになっているか(パーパス)の二つです。最近パーパス経営の流行が生まれてきていますが、その際に、社会課題の解決をビジネスの中心に持ってくること、また一つの企業では実現できない、ステークホルダーを巻き込んで実現できるようなビジョンを目指すものという文脈で語られることが多いのですが、ティール組織におけるパーパスの捉え方は、その組織で働く一人ひとりがその企業活動に対して「意味」や「意義」を感じることができるのかという、内側のベクトルで探求するものがパーパスだということです。ティール組織においては、働く一人ひとりが徹底して、なぜこの組織で働くことを選んだのか、一人ひとりがこの組織活動を通じてどういうものをこの世に表現したいのか、という個人のパーパスを徹底的に内省し、同時に「私たち」としてこの世界に提供するべきものは何かを、対話を通じて探求していきます。個人のパーパスと組織全体のパーパスとのアライメントを測っていく。そうすることで心から誇ることができる、チャレンジブルな組織活動に自分が関わっているという大きな幸せ実感を得ることができるのです。
二つ目の観点は人間愛です。ティール組織の3つの特徴のうち「全体性」にも通じるものになります。会社を意味するカンパニーは、もともと「パンを分け合う」を語源とするように、仲間的なニュアンスの強い言葉でした。『ティール組織』(3)の著者のフレデリックは、なぜ今の組織は家族と共にいるように、友達と共にいるように過ごすことができないのかと問いかけます。月曜日の朝、すこしスイッチを入れるように家から出かけている人も多いのではないでしょうか。仮面や鎧をつけていかなければならない組織を脱却し、ありのままの自分でいられる組織をティール組織は目指します。同時に、フレデリックは「魂という野生動物」という表現もするのですが、一人ひとりの中には野生動物のように勇敢でウィットに富みながらも同時に臆病者のような魂というものが存在する。私たちの職場はそれらの魂に「出てこい!!」と叫び合っているような組織であるというパーカー・パーマーの言葉を引用しています。もし仮面や鎧を外すことができたら、自分自身さえも気づかなかった新たな側面や湧き出る情熱が現れてくるものです。フレデリックは、人生とは自分たちの本当の姿を明らかにしていく個人的、集団的な工程と表現していますが、仕事を通じてそういったものと出会えるとしたら、それは幸せなことではないでしょうか。同時に一人ひとりの内なる多様性を見いだすと、究極的に組織内では「私は私、あなたはあなた」といった相対主義の罠にも陥りがちです。そんな時に上記のような「私たち」目線での目的探求とアライメントが大事になってくるのです。
三つ目の観点は生命体的な視座です。私たちは従来、機械的なメタファーで組織というものを発展させてきました。機械のようにスムーズに組織を運営する。できるだけリスクは未然に防ぐ。人を機械の部品のように機能で捉え、役割にはめていく。専門分化を行い、組織内で考える側と実行する側に分ける、などです。またミスなどを起こした場合、二度と起こらないように官僚的な制度を作り上げていきます。これらのやり方は、高い生産性を維持し、安定した組織運営を行うには有効な方法だったかもしれません。しかし人間は部品ではありません。一人として同じ性質を持った人はいません。唯一無二の個性を持った人間にはその個性を活かした組織運営方法があるはずなのです。その時に注目されたのが、生命体をメタファーとする組織運営方法の数々なのです。事前にリスクを完全に抑えることではなく、重大なリスクを除いては、動きながら、そのリスクやチャンスを素早く察知し、自由自在に事業内容や組織構造を変化させながら進めていく組織。実はこのような組織は、この変化の激しい時代において逆に従来型の機械的組織よりもレジリエンスが強く、また変化や困難をチャンスに変える力が強いと言われています。
戦略部門と現場が機能分化している場合、世の中の変化を掴むのは上層部に委ねていくことになります。しかし、組織が大きくなるにつれ、その上層部は現場に触れる機会をなくしていくため、その経営判断は世の中のトレンドやビッグデータ、現場から階層を超えて上がってくる抽象的な情報に頼ることになっていきます。進化型組織では一人ひとりがセンサーとなり、日々現場で接している生身の人間や環境の変化の機微を捉え、それをビジネスとしての形にしていくことになります。前者のやり方は、時に社会と組織、組織と人、人と人、そして人とその人の心の分断を生んでいってしまいます。一人ひとり現場で感じた悲しみと喜びを素直に表現し、働く仲間と対話・探求を行い、それが新たなビジネスとして発展し、組織や社会に貢献していく。その生命体的な組織の柔軟さは、一人ひとりの働き手に喜びを与えます。血の通った組織の中で人々は幸せに働くことができるようになるのです。
では、今の世の中において、こういった進化型組織を促進させたり停滞させたりするものに何があるでしょうか? それは過度なリスク管理です。本当は重大なリスク以外は生まれてきてから調整すれば良いにもかかわらず、全てのリスクをゼロにしようとするのは特に日本の潔癖性でもあります。また短期的な視野での経営評価も、大きくこの世界を停滞させているものと考えられます。本当に理想や新しいものの発展には試行錯誤がつきものです。しかし短期的視野では、試行錯誤よりも説明責任と安定性が重要になります。そのことにより多くの組織ではチャレンジというものができなくなってきている、このことが大きな問題です。
逆にポジティブ面では、昨今のICTの発展は非常に後押しになっています。トップが全体把握をしなくても進めるので、分散型組織を作りやすい。また組織内のリソースにもアクセスしやすく、従来の部署を超えて創発する環境が実践できる。実際、イノベーションの研究においても、ヒエラルキーの上位の少人数の判断よりも、組織の全メンバーが投票するようなプロセスのほうが精度が高いという研究結果も出ており、より集合知を活用した組織経営がICTを通じて実現できるのかもしれません。
進化型組織に近づいていくためには、まずはトップの姿勢が何よりも大切になります。外のトレンドに目を向けるのではなく内側の叡智に耳を澄まし、より現場のセンサーを信じて、そこから生まれるイノベーションを育む仕組みを構築することにコミットすることが必要になります。過度なリスクヘッジによる硬直した組織から、少しの揺らぎが生み出す可能性にシフトするならば、リーダーの胆力が非常に重要になります。だからと言って現場が何もできないわけでもありません。自分のチーム、自分の部署を安心・安全にティール組織的にデザインすることは可能です。一人ひとりが一歩踏み出すことで誰もがウェルビーイングを味わうことができる、そんな社会づくりに発展することを私は願っています。
最後に、進化型組織においては大きな意味でのウェルビーイングを実現することができると感じています。一人の人として安心して、ありのままを出せるコミュニティの中で、多様な人たちと喜びを持って関わることができる。その関わりの中で自分すら知らなかった自分と、仕事を通じて出会うことができる。仲間たちと対話し探求することで「私たち」としてこの世界に大きく貢献していく。職場という人生の大半を過ごす時間の中で働く人がウェルビーイングに溢れ、そしてその提供するものが世界の人のウェルビーイングを作っていく。そんな組織に溢れることに、私はこれからも貢献していきたいと考えています。
嘉村 賢州
『ティール組織』(英治出版)解説者。場づくりの専門集団NPO法人場とつながりラボhome's vi代表理事。東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授。集団から大規模組織にいたるまで、人が集うときに生まれる対立・しがらみを化学反応に変えるための知恵を研究・実践。研究領域は紛争解決の技術、心理学、先住民の教えなど多岐にわたり、国内外を問わず研究を続けている。