時間と空間を問わず、クリーンエネルギーを提供する次世代エネルギー技術グループ

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。

髙橋 円(たかはし まどか)

NTT宇宙環境エネルギー研究所 環境負荷ゼロ研究プロジェクト 次世代エネルギー技術グループ グループリーダー 主幹研究員
専門は材料工学。宇宙開発事業団(現:宇宙航空研究開発機構)宇宙環境利用センターにて微小重力環境における材料研究に従事後、国際宇宙ステーションの運用管制や宇宙飛行士訓練、安全性実証に携わる。重工メーカーの研究所に転じ、材料研究や研究管理、技術企画に従事。その後、コンサルティングファームの宇宙事業責任者とハイブリッドロケットエンジンの宇宙スタートアップを兼務。2023年からNTT宇宙環境エネルギー研究所にて地球環境未来予測技術グループ、企画部を経て現職。

時間や空間に制約されず、クリーンエネルギーを安定的に供給する社会の実現は、私たちの未来に向けた重要な課題です。この課題を解決するため、NTT宇宙環境エネルギー研究所の次世代エネルギー技術グループでは、未来のエネルギー供給を支える核融合発電や宇宙太陽光発電の研究に取り組んでいます。

核融合発電は、太陽と同じ原理で膨大なエネルギーを生み出す、いわば「人工の太陽」を地球上に再現する技術です。また宇宙太陽光発電では、宇宙空間で太陽光エネルギーをレーザ光に変換し、地上に伝送して発電に利用します。これらの技術は、地球規模のエネルギー問題の解決や宇宙開発におけるエネルギーインフラの構築にもつながる可能性を秘めています。今回は次世代エネルギー技術グループのリーダーを務める髙橋円氏に、外部の研究機関との連携を含めた研究の最新状況と未来のビジョンについてお話をうかがいました。

1. 地球の未来のカギを握る次世代エネルギー技術

次世代エネルギー技術グループでは、絶え間なくクリーンエネルギーを提供してレジリエントな社会を実現することをめざしていらっしゃいます。そのための研究の柱として「核融合炉の最適オペレーション技術」、「宇宙太陽光発電技術」の2つを掲げています。まず、「核融合炉の最適オペレーション技術」とはどのようなものですか?

まず核融合は、軽い原子の核同士が融合することで、エネルギーが生まれる現象です。具体的には、「重水素」と「三重水素」という水素の仲間を数億度に加熱し、原子核同士を衝突させて結び付け、新しく「He(ヘリウム)原子」と「中性子」を生み出します。このとき、融合した原子の重さが、元の原子2つの合計よりもわずかに軽くなり、この減少分の質量が、膨大なエネルギーとして放出されるのです。これが、核融合でエネルギーが生まれる仕組みです。核融合のエネルギー密度は非常に高く、わずか1gの燃料から石油約8トン分のエネルギーを生み出すほどのポテンシャルを持っています。

私たちが研究している「核融合炉の最適オペレーション技術」は、核融合炉内の超高温のプラズマ状態をAI(人工知能)で安定的に制御し、効率的なエネルギーの発生に寄与する技術です。現在、地球規模のエネルギー問題の解決に向けて、核融合実験炉の建設をめざす国際プロジェクト「ITER計画」が進められており、私たちはITER機構や量子科学技術研究開発機構(QST)と連携しながら、AIやML(機械学習)を用いたプラズマ予測制御の研究開発に取り組んでいます。

先にも述べたように、核融合発電は超高速で変化する数億度の高温プラズマが必要なため、その変化を捉えて制御することは極めて難しい課題です。現在は、QSTが保有する世界最大のトカマク型超伝導プラズマ実験装置(JT-60SA)を対象に、複数のAIを活用してプラズマの形状変化を高精度で予測する手法の研究開発に成功しています。

さらに今後は、安定的な制御を可能にすることで、核融合炉の安全な運用と効率的なエネルギー発生をめざしています。これまでハードウェアや物理現象を主体として考えられてきた核融合発電に、NTTの持つICT(情報通信技術)やAI技術を組み合わせることで、その実用化が加速しつつあります。

※ITER:国際熱核融合実験炉を意味するInternational Thermonuclear Experimental Reactorの略語

世界最大のトカマク型超伝導プラズマ実験装置(JT-60SA)とAIでのプラズマ形状予測のイメージ図

2点目の「宇宙太陽光発電技術」とは、どのような技術なのでしょうか?

「宇宙太陽光発電技術」は、宇宙空間で太陽光エネルギーを収集し、レーザ光に変換して電力を供給する技術です。この発電技術は、静止軌道上で得た太陽光エネルギーを利用するため、24時間発電が可能で、宇宙空間では大気によるエネルギーの損失もありません。その結果、地上の5~10倍のエネルギー密度を活用できると期待されています。2024年4月に開催された国際宇宙エネルギー会議(the International Conference on Energy from Space 2024)では、SpaceXの次世代ロケットStarshipを利用することにより宇宙空間への輸送コストが大幅に低減したおかげで、地上の原子力発電所や火力発電所よりも安価に宇宙太陽光発電システムがつくれるという主張もされるようになりました。まさに夢の技術に手が届く状況になってきたといえます。

NTTは、独自の強みを持つ光技術のなかからレーザ光に特化して宇宙太陽光発電の研究を進めています。レーザ光は、指向性が高く波長が短いため、高エネルギー密度でありながら小型軽量化が可能な技術です。また、光エネルギーを活用するため、地上の太陽光発電システムや蓄電システムの技術を応用できる部分が多く、相互に補完できます。宇宙環境での利用を考えると、送電システムの構造がシンプルで、マイクロ波方式のように大規模なアンテナや複雑な位相制御が不要です。さらに小型かつ軽量な設計が可能なため、打ち上げコストの削減にもつながることは大きなアドバンテージです。

レーザ宇宙太陽光発電の実現に向けた3つの技術

私たちは、このレーザ宇宙太陽光発電の実現に向けた3つの技術の研究開発を進めています。

ひとつめは「太陽光励起レーザ技術」です。「太陽光励起レーザ技術」は、太陽光を効率的にレーザ光に変換する次世代エネルギー技術で、従来のレーザ発振と比較して、直接太陽光をレーザ光に変換できることが特長です。そのため、電力変換装置や配線が不要となり、宇宙空間や成層圏などの質量制約が厳しい環境での利用に適しています。昨年度の地上実験では、特定のスペクトル帯域に最適化したレーザ媒質を作製し、集光した太陽光をレーザ光に直接変換することに成功しています。

次に「長距離エネルギー伝送ビーム技術」です。昨年度の地上水平方向での伝送実験では、1kWのレーザ光を送光し、1km離れた地点に設置した太陽電池パネルでの受光に成功しています。宇宙空間や成層圏と異なり、地上水平方向でのエネルギー伝送は、大気中の乱流や湿度の影響により、屈折率の変動やビーム散乱、ビームの広がり、水蒸気による吸収・散乱・結露が発生するためにエネルギー損失が起こることが難点です。今年度は、高効率化を目標に、昨年度と同じ地上水平方向の環境下で、レーザ光の送光から受光までのさまざまなエネルギー損失を抑えるための工夫をしながら実験を進めています。

最後は、高エネルギーのレーザ光を高効率で電力に変換する「高強度レーザエネルギー変換技術」です。宇宙太陽光発電では、エネルギー伝送に利用するレーザ光として、波長1064nmの近赤外レーザが有力視されています。これは、大気中の減衰が比較的小さく、遠距離でも安定した伝送が可能であるためです。NTTでは、この1064nmのレーザ光に対して高い光吸収特性を持つInGaAsP(インジウムガリウムヒ素リン)の化合物半導体に着目し、光電変換効率の向上とサイズアップに取り組んでいます。その結果、1064nmに特化したセンチメートル級の化合物半導体のなかでは、世界トップクラスの変換効率(40%以上)と高出力化(2W/cm2以上)を達成しました。

レーザ宇宙太陽光発電は、エネルギーをつくる技術だけではなく、ワイヤレス電力伝送の技術が必要なのですね。

はい。レーザ宇宙太陽光発電では、宇宙空間で発電したエネルギーを地上に届けるだけでなく、そのエネルギーを効率よく活用するためのワイヤレス電力伝送技術が重要な役割を担います。レーザビームは指向性が高く、遠距離でもエネルギーを無駄なく伝送できますが、最終的にそのエネルギーを目的の機器や施設に届ける際には、電界共振技術を活用することでさらに効率が高まる可能性があります。

電界共振技術は、発信側と受信側のアンテナが共鳴することで電力を伝送する仕組みです。特に、近距離での効率が非常に高く、ケーブル配線が難しい環境でのエネルギー供給に適しています。たとえば、月面ローバーへの給電に応用することで、レーザ伝送と組み合わせたより柔軟なエネルギーシステムの構築が期待できます。

非接触で電力をローバーに供給しているイメージ図

このように、「長距離はレーザ、短距離は電界共振」という使い分けが可能になれば、宇宙空間から地上、さらには施設内部の機器まで、一貫したエネルギー供給システムの実現につながると考えています。

2. 外部機関と連携し、エネルギーという壮大なテーマに挑む

次世代エネルギー技術グループでは多くの研究が行われていますが、グループリーダーとしてどのようなお仕事をされているのですか。また、そのなかでのご苦労などはありますか?

私の主な仕事は、グループ内の研究マネジメントです。研究所の指針に沿ったグループのビジョンを策定し、それに基づいて研究方針や中長期計画を立てることに加え、研究が加速するように社内外の組織と連携しながら協業を推進していきます。特に、核融合や宇宙太陽光発電といった壮大なテーマは、私たちのグループだけで目標を達成することはできず、外部機関との連携は不可欠です。

国立研究開発法人のほか、大学や大手メーカー、スタートアップと連携しながら研究を進めています。こうしたパートナーとの協力体制を強化し、お互いの強みを活かしていくことが、プロジェクトを円滑に進める上で非常に重要です。それぞれのパートナーと気持ちよく働くために、相手の価値観に寄り添い共感を示しながらアプローチするようにしています。

毎日、ワクワクしながら仕事に取り組んでいるので、大きな苦労を感じることはありません。幼い頃から「宇宙に携わる大きな仕事がしたい」と願ってきたので、今この仕事に携われていること自体が、夢がかなったと実感する瞬間です。強いて挙げるとすれば、まだ子どもの世話に手がかかることでしょうか(笑)。ただ、それも含めて充実した日々を送っています。

宇宙開発のような大きな仕事がしたいと思ったきっかけはどこにあったのですか?

幼い頃から宇宙に大きな魅力を感じていました。そのきっかけは、「人間はどうして生きているのだろう」という疑問でした。父に尋ねると、宇宙の始まりや生命の歴史、未来について話してくれ、幼心にも「宇宙のことを知れば、人間が生きている意味がわかるのではないか」と興味を抱くようになったのです。

「ふわっと'92」という日米共同の宇宙材料実験プロジェクトで、日本人初の宇宙飛行士の毛利衛さんの姿を見たことがきっかけとなり、私も宇宙に行ってみたいと学生時代は材料工学を学びました。その後、宇宙飛行士の近くで働き、さらに技術力を高めるためにロケットを造る重工メーカーで研究者としてのキャリアも積みました。しかし、自身の技術力を向上させるだけでは、壮大な宇宙開発に貢献することや世代を超えた多くの人に役立つ社会を実現することは難しく、達成のためには多様な企業や人材の連携が不可欠だと考えたのです。そこで研究者として働きながら、海外の大学に入学し、社会人学生としてMBA(経営学修士)を取得しました。MBAでの世界最先端のビジネスに関する学びを通じて視野が広がったことで、壮大な宇宙開発に貢献できるように自然と行動範囲も広がっていきました。

宇宙開発や核融合の歴史を振り返ると、これまでの技術革新は主にハードウェアの進化によって支えられてきました。しかし、これからの時代はソフトウェアが技術革新の中心となり、産業や社会の在り方を大きく変えていくと考えています。そのなかで、ICT分野をリードするNTTの一員として、宇宙開発や核融合のような壮大なプロジェクトに携わり、技術革新の一端を担えることに喜びを感じています。

グループリーダーとしてはどのようなことを心がけていますか?

大きくわけて3つのことを心がけています。1点目は、ビジョンを明確にし、メンバー全員が同じ方向を向いて進めるようにすることです。ビジョンを共有することで、メンバーは自身のミッションを理解し、主体的に業務に取り組めます。また、ビジョンの達成は長期にわたるので、その途中のプロセスにおける価値を明確に示すことで、チーム全体のモチベーションを維持し、達成に向けて協力し合える環境をつくっています。

2点目は、1on1を通じながらメンバー一人ひとりの声に耳を傾け、メンバーの成長を止めずに支援することです。「支援する」というと聞こえはよいですが、メンバーは優秀で勢いがあるので、その勢いを止めないことを意識しています。言いたくなるのをグッとこらえて、マイクロマネジメントをしないことですね。また、特に個人の強みに着目し、強みを最大限に活かすことを心がけています。仕事は組織で進めるものなので、それぞれの得意分野を組み合わせることで、より大きな成果を生み出すことが可能です。弱みがあっても全く問題ありませんし、むしろ凸凹があっていい。メンバーの強みに焦点を当て、それを最大限に引き出せるようなリーダーであるとともに、組織として、個々の凸凹をテトリスのように組み合わせて、最大限にグループの力を発揮するのがリーダーの役割だと考えています。

3点目は、心理的安全性を確保することです。GoogleのProject Aristotleと呼ばれる大規模な調査によれば、チームの生産性を高める最も重要な要因が「心理的安全性」であることが判明しています。ここでの「心理的安全性」とは「ミスをしても、それを理由に非難されることはないと思えるか」という定義です。メンバーがお互いに意見を尊重し、協力し合えるような雰囲気をつくることで、チーム全体のパフォーマンスを向上させられます。また、メンバーが安心して意見を述べられるように、心理的安全性を確保し、彼らが自由に発言できる環境をつくりたいと考えています。

鋭い指摘や強い意見が「論理的」「正論」として評価される時代は終わり、「対話ができる」「共感力がある」ことが求められる時代になりました。単に「正しいことを言う」だけではなく、「どう伝えるか」が価値になっています。厳しく断定する言い方よりも、共感して寄り添い、柔らかい言い方が明らかに好まれます。人々の価値観やコミュニケーションの取り方が変わってきている現代ですから、「相手を受け止めながら導く言葉」を選ぶことがより重要になってきていますね。

3. 陸・海・空・宇宙、あらゆる場所にエネルギーを届け、次世代に豊かな未来を継承

今後は現在の研究をどのように進めていくお考えですか?

次世代エネルギー技術グループのビジョンは、「時間や空間を問わず、絶え間なくクリーンエネルギーを提供することで、持続可能な社会に貢献する」ことです。私たちはビジョンに向かって核融合や宇宙太陽光発電の研究に取り組みつつ、近い将来にも価値を生み出していきたいと考えています。

NTT武蔵野研究開発センタには、『知の泉を汲んで研究し実用化により世に恵を具体的に提供しよう』と彫られた石碑が飾られています。1950年に逓信省電気通信研究所の吉田五郎初代所長が掲げ、70年以上経つ今でもNTT研究所のDNAともいえるものです。"世に恵"を具体的に提供するため、「長距離エネルギー伝送ビーム技術」や「高強度レーザエネルギー変換技術」を、ドローンやHAPS(成層圏通信プラットフォーム)などのUAV(無人航空機)に適用することにも力を注いでいます。

HAPSは、高度約20kmの成層圏に基地局として無人航空機を展開し、無線通信サービスを提供するシステムで、通信インフラ、観測・監視、防災・安全保障など幅広い用途が期待されています。現在、NTTグループが運用予定のHAPSは、動力源として太陽光発電を利用しており、昼間に発電したエネルギーをバッテリーに蓄電して夜間に使用します。バッテリーは主要部品ですが、超軽量設計が求められるUAVにとっては重量増加の要因となります。そのため、地上または空中からレーザエネルギー伝送技術を活用して給電する方法について、今後の実用化に向けた検討を進めています。

HAPSにレーザ給電するイメージ図

UAV市場は、年平均成長率(CAGR)が16.3%ともいわれており、急速に発展しています。これは技術革新や政策支援に加え、通信・物流・観測など多岐にわたる分野での需要拡大によるものですが、この市場において、適切なワイヤレス電力伝送技術を提供することで、さらなる成長と社会貢献をしていきたいと考えています。

最後に、NTT宇宙環境エネルギー研究所での仕事に興味のある方へ、メッセージをお願いします。

NTT宇宙環境エネルギー研究所は、広い視野で社会貢献を考え、宇宙開発のような壮大なテーマにもチャレンジできる研究所です。次世代に豊かな未来を継承する仕事はとても魅力的で、日々その責任と意義を感じながら研究に取り組んでいます。研究所では、エネルギー問題や環境問題、宇宙開発の分野で未解決の課題に挑戦し、それらを通じて持続可能な社会の実現をめざしています。

私たちが大切にしているのは、『知の泉を汲んで研究し実用化により世に恵を具体的に提供しよう』の言葉にあるように、研究を研究だけで終わらせない姿勢です。論文執筆や学会発表といった研究活動はもちろん重要ですが、その先にある「社会実装」や「未来に向けた価値創造」を見据えたアプローチを忘れずに、研究成果を社会課題の解決に結び付ける視点を持つことが重要です。

宇宙や環境、エネルギー分野は未知の挑戦が多いですが、その分、大きなやりがいや達成感があります。この世界に挑むワクワク感を前向きに共有でき、それに向かって行動できる方と一緒に未来を創っていきたいです。NTT宇宙環境エネルギー研究所で、ともに未知の可能性を切り開く仲間をお待ちしています。

参考文献

日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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