AIや機械学習を駆使した核融合発電におけるプラズマ制御の新たなアプローチ

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。

米田 亮太(よねだ りょうた)博士(工学)

NTT宇宙環境エネルギー研究所 次世代エネルギー技術グループ 研究主任
2018年に九州大学総合理工学府博士課程を修了。専門は核融合プラズマ理工学。核融合科学研究所(岐阜)、UCLA(米国)でのポスドクを経験し、主にプラズマの加熱実験やレーザを用いた計測器開発に携わる。2020年に帰国しメーカーに就職、スマートフォン向けカメラの製品開発に従事。2024年3月より現職、AIやデータ駆動的アプローチを用いた核融合プラズマ制御の研究に取り組んでいる。

私たち人間が暮らす地球が太陽から受け取る熱や光といったエネルギーは、太陽の内部で起こっている「核融合反応」によって生み出されています。現在、この核融合を地球上で人工的に再現し、そこから得られるエネルギーで発電を行う「核融合発電」の研究が国際協力で進められています。二酸化炭素を排出せず、高レベル放射性廃棄物も発生しない核融合発電は、クリーンで地球環境に負荷をかけない新たなエネルギーとして大きな注目を集めています。
今回は、核融合発電において欠かすことのできない技術である「プラズマ制御」の研究に、AIやデータ駆動を用いた新たなアプローチで取り組んでいる次世代エネルギー技術グループの米田亮太氏にお話を聞きました。

1. プラズマを安定的に制御するための新たなアプローチ

米田さんの専門は核融合プラズマ理工学です。プラズマと核融合発電は、どのように関係しているのでしょうか?

物質の状態は温度が上昇するにつれて、固体から液体、気体へと変化します。気体の温度が上昇すると気体の分子は解離して原子になり、さらに高温の状態になると原子を構成する粒子一つひとつの運動エネルギーが増大し、原子は正の電荷を持つイオンと負の電荷を持つ電子にわかれて、高速かつ不規則に運動します。こうして生じる物質の状態をプラズマと呼んでいます。
このプラズマの温度を1億℃以上に上げて、高温・高圧のプラズマ状態の水素の原子核(重水素と三重水素)を衝突させて核融合反応を起こし、ヘリウムと中性子に変化するときに発生する大きなエネルギーを用いて発電するのが核融合発電です。

重水素(D)と三重水素(T)の原子核による核融合の前後を表す図。赤が陽子、黒が中性子。

次世代エネルギー技術グループの主要な研究テーマとして「核融合プラズマの制御」があります。これはどのような研究なのでしょうか?

核融合の原理を発電に応用するためには、まずプラズマの状態を安定的に維持する必要があります。プラズマ状態のイオンや電子などの荷電粒子の動きは超高速で複雑ですが、磁場に巻き付いて運動する性質があります。

この性質を利用して、磁場を使ってプラズマを核融合炉(核融合反応で生じるエネルギーを発電に利用する装置)の中に閉じ込めることができることから、核融合炉のひとつの方式として、この技術の研究が盛んに進められています。

もうひとつ、高エネルギーのプラズマは制御を誤ると核融合炉の故障や停止につながります。プラズマの動きをあらかじめ予測することができれば、故障する前に制御することができます。核融合プラズマの研究は、これまで主に物理学者が実験を行い、データを測定して研究をリードしてきました。これに対して、私たち次世代エネルギー技術グループは、AIやデータ駆動を用いた新たなアプローチでプラズマの動きを予測し制御する技術の研究を行っています。

核融合実験炉と未来予測を用いた制御を表す図

データ駆動型のプラズマ制御について、もう少し詳しく教えてください。

さまざまな現象の予測においては、これまで物理モデルにもとづくアプローチが多く用いられてきました。しかし、すべての物理現象を計算によって再現することはその精度や計算コストから実質不可能であり、核融合炉を安全に運転するためのリアルタイムのプラズマ制御には異なるアプローチが必要であると考えています。

そこで、私たちはAIやデータ駆動的アプローチを用いることで、プラズマの動きを高速に予測ができるサロゲートモデル*をつくり出し制御に活用しようとしています。しかしながら、予測モデルの精度をどのように担保するか、また制御システムをどのように設計するかは依然大きな課題であり、私たちの腕の見せどころだと考えています。

* サロゲートモデル:複雑な物理現象を簡略化して解析するための代理モデル。実験やシミュレーションのコストや時間を削減しながら、システムの挙動を予測できる。

核融合炉での実験に参画することは非常に重要だと思います。どのような取り組みをされているのでしょうか?

NTTは核融合実験炉の施設を持っていません。そこで私たちは、量子科学技術研究開発機構(QST)にある核融合実験装置JT-60SAを活用し、QSTと協力して共同研究を進めています。

JT-60SAは、国際熱核融合実験炉(ITER:International Thermonuclear Experimental Reactor)計画で建設が進められている実験炉と同じ「トカマク」と呼ばれるプラズマ閉じ込め方式が採用されています。ITERに先駆けた大型プラズマ実験のデータを有効に活用し、制御技術を磨いていきたいです。

現在のところ、どのような成果が出ているのでしょうか?

まずは核融合プラズマの制御に必須である磁束分布再構成計算をニューラルネットワーク(NN)によって置き換えたサロゲートモデルを開発し、そこにプラズマ物理の制約や、NNモデルの構造に工夫を加えることで精度向上が実現できることを確認しました。これらの成果をさらに発展させ、制御への課題を解決したいです。

2. 国際協力で進む核融合プラズマの制御

人類初の核融合炉を実現するための国際プロジェクト「ITER計画」について、改めてお聞かせください。これはどのようなプロジェクトなのでしょうか?

核融合反応が起こる高温高密度のプラズマを発生させる技術は、すでに実証されています。ただし、瞬間的に核融合反応を起こしてエネルギーを生み出せたとしても、それだけで持続的なエネルギー需要に応えていくことはできません。年単位で持続的に核融合を起こしていくためには、大型の核融合炉で実験を重ねていく必要があります。

ITER計画では、35か国を代表する7極(日本、欧州、米国、ロシア、韓国、中国、インド)が協力し、2030年代の発電実証をめざして、フランスに高さと直径が約30mの核融合実験炉の建設を進めています。50MW(メガワット)のパワーを入力して500MWパワーを出力することを目標とし、プラズマの温度は1億5千万℃、それを制御するのに地球の磁場の28万倍の強力な超伝導磁石が必要となる大規模な施設です。

NTTは、2020年5月にITER国際核融合エネルギー機構(ITER機構)と包括連携協定を締結しており、核融合実験炉機器の異常予測に関する共同実験を開始しています。

3. すべての経験が核融合プラズマ研究の動力源に

米田さんは、これまでどのような研究に従事されてきたのでしょうか?

現在は核融合プラズマを専門としていますが、実は私が核融合の研究をはじめたのは博士課程からです。学士課程の卒業研究では超伝導物質の探索を、修士課程では薄膜トランジスタやタッチパネル駆動方式の研究をしていました。

博士課程への進学を決める際に「物理を探求できる分野に挑戦したい」と考えて、いろいろな研究室を訪ねて回りました。そして、最終的に選んだ研究テーマが「30年後に実現できるかどうか?」といわれていた核融合プラズマでした。

博士課程の中で、計測器を設計する、プラズマを発生させる実験を計画する、実験結果と突き合わせてモデリングを開発するといった幅広い内容を経験できたのは、現在につながる大きな財産になっています。当時の指導教官が学生を海外の研究所に積極的に送り出してくださる方だったこともあり、博士課程の3年間のうち6か月は米国のプリンストン大学でプラズマ中を伝搬する電磁波の解析について共同研究を行う機会にも恵まれました。

博士号を取得した後は、核融合プラズマの実験に取り組める研究室を探し、岐阜県にある核融合科学研究所や米国のUCLAにポスドクとして在籍しました。UCLA在籍時に発生したCOVID-19の影響で日本に帰国した際には、スマートフォン用カメラの製品開発の職に就きました。しかしながら、やはり研究を通して核融合発電の実現に貢献したいという気持ちが強く、NTT宇宙環境エネルギー研究所に応募して、現在に至っています。

核融合プラズマの研究環境としてのNTT宇宙環境エネルギー研究所の魅力をお聞かせください。

核融合プラズマの研究をしたいと考えている方にとって、NTT宇宙環境エネルギー研究所は国内の企業で数少ない選択肢のひとつだと思います。NTTグループ内には、AIや高速通信など各分野の高度な知見を備えた専門家が多数在籍しています。こうした方々に気軽に相談または協業しながら、将来的な社会実装を見据えた研究に携われる点は、大学や国の研究所のようなアカデミックな機関にはない、企業の研究所ならではの魅力だと思います。

また、研究予算も大学の研究室などと比べて潤沢です。もちろん予算申請には一定の手続きが伴いますが、最新の解析サーバーの導入など研究の加速に必要な手段を迅速に取ることができる点も大きいです。

最後に、NTT宇宙環境エネルギー研究所の研究職に興味がある方々にメッセージをお願いします。

私はこれまで、さまざまな分野や環境で研究を続けてきました。核融合プラズマの研究から離れていた時期もありますが、思わぬ経験が今の仕事に役立つことが多々あります。

核融合分野は物理・電気・機械・材料など横断的な視点から研究が進められてきました。一見、自分が取り組んできた研究分野と遠いと感じても、さらに視野を広げてみることで、自分の知識や経験が活かせるテーマや課題が見つかるのではないでしょうか。現在取り組んでいるAIやデータ駆動を用いた新たなアプローチは、核融合分野においてはまだまだ適応の可能性が多く残り、技術革新が期待されています。

次世代エネルギー技術グループではまだまだ少ない人数でプラズマ予測制御の研究に取り組んでいます。NTT宇宙環境エネルギー研究所での仕事に興味をお持ちの方は、ぜひ新しい発想でこの研究分野に飛び込んでくれたらと思います。

日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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