気候変動問題解決に資する藻類の新たな品種改良技術の確立に成功

日本電信電話株式会社(NTT)は株式会社ユーグレナとの共同研究を通じて、中性子線※1照射による遺伝子変異※2の導入を用いた藻類の品種改良※3に世界ではじめて成功しました。人間の活動に由来するCO2などの温室効果ガスの削減が急務となっている現在、植物と同様に光合成を行い、増殖速度が速い藻類が注目を集めています。今回の研究成果は、藻類のCO2吸収量を向上させ、目的に応じて有用性を高めた藻類の品種改良・生産を行うことで、気候変動に関わるさまざまな課題を解決できる技術として大きな期待がかけられています。
この記事では、今回の研究に携わったサステナブルシステムグループの武部紘明氏に、中性子線照射による藻類の品種改良技術の詳細と、今後の展望についてお聞きしました。

※1 中性子線:中性子は原子核を構成する粒子。原子核が核分裂するとき、原子核の外へ中性子が飛び出し、一方向に運動している中性子を中性子線と呼ぶ。
※2 遺伝子変異:遺伝子を構成するDNAの塩基配列が本来の配列と変化すること。遺伝子変異の結果、遺伝子からつくられるタンパク質の機能が改変される。
※3 品種改良:遺伝子の変化によって性質が変わることを利用し、より人間に有用な品種をつくり出すこと。

ニュースリリースはこちら
https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/07/04/240704a.html

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。

武部 紘明(たけべ ひろあき)博士(農学)

NTT宇宙環境エネルギー研究所
環境負荷ゼロ研究プロジェクト
サステナブルシステムグループ 研究員

1. 藻類の品種改良に最適な中性子線の照射条件


今回の共同研究に至った背景と経緯についてお聞かせください。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(2021年)※4によると、「人間の影響が大気、海洋および陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」とされています。それゆえ、人間の活動がもたらすCO2などの温室効果ガスの削減が急務となっています。私たちNTTが提供する通信サービスにおいても、電力消費によって多量のCO2を排出しているため、今後も持続的にサービスを提供するためには地球環境への負荷軽減が責務として求められています。

その方法として、CO2の排出量を省エネルギーによって削減するだけでなく、大気中のCO2を吸収することで、排出量を相殺するアプローチも可能です。このうち、生物による光合成はCO2を吸収して有用物質を生成する現象であるため、CO2吸収の手段のひとつとして考えられます。さらに、生成される物質は新たなエネルギー資源であるバイオマス(生物由来の有機性資源)や健康食品などの素材など多岐にわたるため、気候変動問題の解決に加え、広範な社会課題解決においても活用が期待できます。

なかでも、藻類は同じ光合成を行う陸上植物に比べて増殖速度が速く、耕作地が不要なため、特に有効な手段となりえます。また歴史的視点においても、藻類への着目は重要だと考えます。かつて、地球上には現在よりも高濃度の大気中CO2が存在していましたが、約30億年前に藻類(シアノバクテリア)が誕生して以来、光合成によってCO2を吸収して酸素をつくり出し、現在の地球環境の礎を築いてきました。このように、藻類によるCO2吸収のポテンシャルは極めて高く、有効的に利用することが重要です。しかし、このアプローチを社会課題解決に向けて実用化していくためには、藻類の保有する光合成および物質生産の能力を最大限に発揮するための品種改良技術が必要です。

藻類の品種改良は、現在主に遺伝子組換え技術やゲノム編集によって行われていますが、これらは標的となる遺伝子を事前に特定する必要があり、基本的には屋外での培養に制限がかかります。これに対し、放射線を使って遺伝子上にランダムな変異を起こす方法もあります。これらの手法では、事前に遺伝子情報を解析する必要がなく、屋外での培養にも制限がかからないため、産業利用しやすいという利点があります。

しかし、ガンマ線などの電磁波や重粒子線※5といったこれまで利用されてきた放射線は物質への透過性が低く、水分が多い培養液中に高密度に存在する藻類にはあまり効果がないという課題がありました。そこで、私たちは電荷を持たず、他の放射線よりも物質への透過性が高い中性子線を用いれば、培養液中の細胞への変異導入効率が上げられるとの仮説を立てました。しかし、中性子線を使った藻類の品種改良は、過去に例がありませんでした。

私が所属するサステナブルシステムグループでは、研究テーマのひとつとして、上述のような藻類の特性を活用したCO2の削減の研究に取り組んでおり、藻類の変異評価技術を有しています。また、同じくNTT宇宙環境エネルギー研究所に属するプロアクティブ環境適応技術グループでは、テーマのひとつとして、宇宙線(太陽フレアや銀河から飛来する放射線)によって引き起こされる電子機器の誤動作(ソフトエラー)の研究で成果を上げており、中性子などの放射線照射に関する優れたノウハウを有します。そして、バイオ燃料の原料となる油脂などの有用物質の生産に適した細胞を評価する技術を備えているのが、今回の共同研究のパートナーとなったユーグレナ社です。

これら各研究分野における最新の知見を融合することで、2022年の秋にスタートしたのが、中性子線を用いた藻類の品種改良技術の研究でした。

※4 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書:2021年から2022年にかけて公表された3つの作業部会(WG1-自然科学的根拠、WG2-影響・適応・脆弱性、WG3-気候変動の緩和)による「評価報告書」、これら3つの評価報告書の知見をまとめた「統合報告書」(2023年3月公表)、および「特別報告書(土地関係特別報告書、海洋・雪氷圏特別報告書など)」によって構成される。
※5 重粒子線:ヘリウム、炭素、ネオン、アルゴンなど、質量が重い粒子線。

中性子線を藻類に照射して品種改良を行ったということですが、その具体的な方法を教えてください。

中性子線を細胞に照射すると、遺伝子上にランダムに変異が入り、それによって細胞の性質が変わることがあります。今回は単細胞性の藻類であるシゾンの培養液に2種類の中性子線(高エネルギー中性子線※6と熱中性子線※7)を照射して、最良の変異導入効率を示す照射条件を調べました。

そして、確立された最適な条件をバイオ燃料の原料となる油脂の生産で知られるユーグレナに適用し、品種改良につなげようと試みました。2種類の性質が異なる中性子線を用いたのは、藻類の品種改良においてどちらの中性子線が適しているかを調べるためです。また、最適な照射線量を明らかにするため、培養液は中性子線源から一定の距離に置き、照射時間を変えることで吸収線量※8を調整しました。

※6 高エネルギー中性子線:高い運動エネルギー、つまり高速で移動する中性子。ここでは光速の10%程度の中性子のことを示す。
※7 熱中性子線:25meV(2200m/s)付近のエネルギーの中性子。中性子が物質中で散乱を繰り返すと、その物質の原子が持つ熱運動エネルギーと平均的に等しくなり、「熱」中性子と呼ばれる。
※8 吸収線量:放射線照射によって物質が吸収するエネルギーをさし、ここでは細胞が受ける放射線の影響の尺度を示す。

a)高エネルギー中性子線照射の模式図。熱中性子線を減らすために炭化ホウ素とシリコーンゴムを配置している。藻類培養液を含む50mlチューブを中性子線源から指定された距離に配置している。b)熱中性子線照射の模式図。高エネルギー中性子を減速して熱中性子に変換するために減速材を設置。藻類の培養液を含むチューブを治具に取り付け、照射中に回転させた。
(画像出典:英国科学誌Scientific Reports『Optimal conditions of algal breeding using neutral beam and applying it to breed Euglena gracilis strains with improved lipid accumulation』を一部改変)

中性子線を照射する藻類として、なぜシゾンを選んだのですか。

ゲノムへの変異導入効率を定量的に評価するために必要な条件がそろっていたからです。シゾンは、特定の遺伝子に変異が導入された株を単離するための方法が確立されています。また、ゲノムが一倍体(染色体が1組)で、変異した遺伝子と形質との紐づけが行いやすいという特徴もあり、今回の研究に最適だと考えました。

シゾンはURA5.3という遺伝子を保有しており、5-FOAという薬剤入りの寒天培地上では、この遺伝子から合成されるURA5.3タンパク質が5-FOAを毒性の物質に変換するため、生育することができません。しかし中性子線を照射し、URA5.3内に変異が導入され、URA5.3タンパク質の機能が失われれば、5-FOAは毒性の物質に変換されず、生育できる(耐性株)ようになります。このメカニズムを利用し、生残した耐性株コロニー※9を数えることでURA5.3遺伝子に変異が導入された株を定量的に評価することができます。実験では、シゾンに2種類の中性子線を照射したあと、5-FOAを含む培地に播種し、数週間培養しました。

その後、中性子線の照射線量と耐性株のコロニー数の関係を調べたところ、高エネルギー中性子線の場合は20Gy※10、熱中性子線の場合は13Gy照射したときに最も効率的に変異が導入されたことがわかりました。

※9 コロニー:寒天培地などに出現する単一細胞由来の細胞塊。ここでは、生残した耐性株の数にあたると解釈できる。
※10 Gy(グレイ):放射線によって物体に与えられたエネルギーを表す計量単位。物質1kgにつき1J(ジュール。エネルギー量を表す単位)に相当するエネルギーが与えられるときの吸収線量を1グレイと定義する。

左)高エネルギー中性子線を照射した際の変異導入効率。20Gy照射したときに最も効果的に変異が導入されている。右)熱中性子線を照射した際の変異導入効率。13Gy照射したときに最も多く変異が入っている。
(画像出典:NTTグループ『世界初、中性子線照射による藻類の品種改良技術を確立~バイオ燃料原料の油脂生成量を最大1.3倍に増加させることに成功~』、英国科学誌Scientific Reports『Optimal conditions of algal breeding using neutral beam and applying it to breed Euglena gracilis strains with improved lipid accumulation』を一部改変)

2. シゾンの遺伝子変異のパターンを解析


中性子線を照射することでシゾンに導入された変異について、変異の解析方法と特徴を教えてください。

変異が入った可能性がある遺伝子領域の配列を野生株の配列と比較することで、どのような遺伝子変異が入ったのかについて調べました。まず、変異株のURA5.3遺伝子を含む領域をPCR反応(ポリメラーゼ連鎖反応)という仕組みで増幅したのちに塩基配列※11を決定し、それを野生株のURA5.3遺伝子の塩基配列と比較しました。その結果、どちらの中性子線を照射した変異株も、1塩基配列の置換、欠失、挿入が全体の9割を占め、2塩基配列以上の変化は約1割であることがわかりました。

このような少ない塩基数の置換が多く存在することは中性子線照射の特徴とも考えられますが、この結果はURA5.3遺伝子の変異だけを解析して得られたものであり、中性子線照射による変異導入の特性を明確にするためには、全ゲノム配列の中の変異を調べる必要があります。

※11 塩基配列:DNAやRNAなどの核酸において、それを構成するヌクレオチドの結合順を示したもの。この場合はDNAであり、アデニン、グアニン、シトシン、チミンから構成される。

左)高エネルギー中性子線を照射した際の変異導入のパターン。右)熱中性子線を照射した際の変異導入のパターン。図中の数字は検出された全変異に占める割合(%)を示している。
(画像出典:NTTグループ『世界初、中性子線照射による藻類の品種改良技術を確立~バイオ燃料原料の油脂生成量を最大1.3倍に増加させることに成功~』、英国科学誌Scientific Reports『Optimal conditions of algal breeding using neutral beam and applying it to breed Euglena gracilis strains with improved lipid accumulation』を一部改変)

3. ユーグレナへの変異導入で油脂蓄積量が向上


今回の研究では、シゾンを使った実験結果をもとに、ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の品種改良にも取り組まれていますね。

はい。シゾンの実験で得られた最適な照射条件が他の藻類にも適用できるか検証しています。検証の対象として、バイオ燃料(ジェット燃料、軽油燃料に相当)の原料となる油脂を生産できる実用株のひとつであるユーグレナを使用しました。ユーグレナの遺伝子への変異導入が難しいことは先行研究で報告されています。そのため、中性子線照射によってこの株の遺伝子に変異を導入できれば、油脂蓄積量の向上、すなわちバイオ燃料生産量の向上につながることが期待できるのです。

ユーグレナを使った実験では、期待したとおりに油脂蓄積量が向上した細胞が得られたとのことですが、この細胞はどのようにして取得したのですか。

油脂に結合する蛍光色素を使用し、油脂蓄積量を間接的に評価する手法を用いています。ユーグレナに中性子線を照射したのち、蛍光色素を培養液に添加して、細胞中の油脂に結合させました。油脂が多いほど細胞の蛍光強度は高くなるので、この強度を指標に細胞を分取できる機器を使用して、蛍光強度が高い4種類の細胞を油脂の蓄積量が多い細胞の候補として選抜しました。

そして、これらの細胞中の油脂蓄積量を調べました。ユーグレナは酸素のない嫌気条件で糖類を分解して油脂を蓄積する性質があるのですが、屋外などの酸素がある好気条件での培養も考えられるので、好気条件と嫌気条件の両方で培養しました。その結果、嫌気条件の方が細胞1個あたりの油脂蓄積量が多く、その量は野生株の1.2~1.3倍となりました。これらの株の多くは好気条件においても蓄積量が多かったこともポイントです。

品種改良株の油脂蓄積量の測定結果
(画像出典:NTTグループ『世界初、中性子線照射による藻類の品種改良技術を確立~バイオ燃料原料の油脂生成量を最大1.3倍に増加させることに成功~』、英国科学誌Scientific Reports『Optimal conditions of algal breeding using neutral beam and applying it to breed Euglena gracilis strains with improved lipid accumulation』を一部改変)

今回の研究成果をどのように評価されていますか。

ユーグレナが産業利用に適した実用株であることを考えると、油脂蓄積量が1.2~1.3倍になったというのは大きな成果だと考えています。また、変異導入が難しいとされるユーグレナに、中性子線の照射によって油脂蓄積量を高める変異を導入できたことも重要なポイントです。さらに、変異が入ることでユーグレナの増殖能が落ちてしまい、培養液全体の油脂蓄積量は減ってしまう可能性もありましたが、実際には増殖能はほとんど変わらなかったため、1細胞中だけでなく、培養液全体として油脂の蓄積量を増加させられることも確認できました。

シゾンとユーグレナの2種類の藻類について、中性子線の照射による品種改良が可能であることがわかりました。この研究は今後どのように発展していくのでしょうか。

現時点ではユーグレナの油脂蓄積量の向上につながった遺伝子の変異箇所は明らかになっていませんが、これを特定できれば、ゲノム編集の標的とし、より油脂蓄積量の多い株の取得につながる可能性があります。一方、今回取得した変異株にさらに変異を導入して選抜を繰り返すことで、より油脂蓄積量の多い株を取得できる可能性もあります。

また、将来的には今回の技術が2種類の藻類以外にも適用できるかどうかの有効性を検証していく必要もあります。たとえば、水産飼料として使われている藻類の品種改良に適用し、栄養分が多い有用株などを作出していくこともひとつの目標です。

このほかにも、藻類の品種改良は産業界全体のさまざまな課題の解決策にもなります。CO2の吸収量を増やしてクリーンエネルギーを生産するなど、環境負荷の軽減に取り組みながら、多様な産業に役立てていくという両輪で研究を進めていこうと考えています。冒頭でも説明したとおり、藻類ははるか昔から、現在の地球環境の誕生と維持に寄与しており、人類の繁栄の基盤となってきたと言っても過言ではありません。これからも藻類の力を借りて、よりよい地球環境をつくり出してゆきたいと思います。

今回のような画期的な成果を生み出す研究チームは、どのような環境なのでしょうか。

グループリーダーを筆頭に明るく活発な人が多く、年齢やキャリアに関係なく自分の意見を出し合える風通しのよい研究チームです。私は学生時代、海洋微生物の研究を行ってきましたが、ほかにも多様な専門分野のメンバーが在籍していますので、新しい知識を吸収できる素晴らしい環境だと思います。

最後に、このような研究に興味を持ち、将来、研究職に従事したいと考えている方々にメッセージをお願いします。

生物をテーマとした研究である以上、実験の頻度や扱うデータ量が多く、自分の目で確認する作業も増えます。そうした意味では、課題や目的をはっきりさせたうえで、とにかく手を動かすことが重要だと思います。また、異なる研究テーマに取り組むほかのチームや、ユーグレナ社のような外部の組織とも共同で研究を行いますので、多くの関係者との積極的なコミュニケーションも大切です。

私自身の研究のモチベーションとして「意外性」があります。「これまで誰も知らなかったこと、思いつかなかったことを追求したい」と思っています。最終的な目標は、自分の研究を社会の持続的な発展に役立つ技術に昇華させていくことですが、画期的技術の確立のためには新たな知見が欠かせません。研究職においては、こうした視点が重要になってくると思います。

日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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