粒子加速器とは?仕組みや用途を徹底解説
粒子加速器とは、「電子」や「陽子」などの粒子を、電場を使って加速する装置です。これらの粒子を光の速度近くまで加速すると、粒子は高エネルギーの状態になります。高エネルギーの粒子を衝突させ、宇宙初期の状態を再現することで、物質の根源に迫る研究をすることや、加速器がつくり出す「重粒子線」などを使って医療を行うこともできます。日本では茨城県にある「KEK(高エネルギー加速器研究機構)」や兵庫県の「SPring-8(大型放射光施設)」、海外ではフランスとスイスの国境にあるCERN(欧州原子核研究機構)の「LHC(Large Hadron Collider: 大型ハドロン衝突型加速器)」が有名です。(公開日:2022/06/17 更新日:2023/07/05 )


1. 粒子加速器でできること
粒子加速器は、宇宙のはじまりや物質の根源を探求する基礎研究から医療、さらには核融合炉の材料開発に至るまで、さまざまな分野で活用されています。
1-1. 宇宙と物質の根源を探求する
この世界のあらゆる物質は、この宇宙の誕生とともにあります。ここで、生命体であるあなた自身の手から、宇宙の誕生の世界を見てみましょう。
手を見つめると皮膚や爪が見えます。そこからミクロの視点で見ていくと、血液や細胞、DNAがあり、さらに拡大を続けると、「分子」や分子を構成する「原子」があります。原子は「原子核」とその周囲にある「電子」で構成されており、原子核には「陽子」と「中性子」があります。陽子と中性子をさらに詳しく探ると「素粒子」の「クオーク」に辿り着くのです。この素粒子がこの世界を構成する部品の最小単位であると考えられています。

宇宙が生まれたとき、この世界は素粒子だけの世界でした。しかし、宇宙が誕生する約137億年前(±2億年)に戻ることは、現在の科学技術では不可能です。
そこで、粒子加速器を使って宇宙が生まれた直後の素粒子の世界を再現しようという研究が進められています。その加速器が、「LHC(Large Hadron Collider:大型ハドロン衝突型加速器)」です(後述)。
LHC(大型ハドロン衝突型加速器)は周長約27Kmの世界最大かつ最もパワフルな加速器で、陽子を光速の99.999999%まで加速し衝突させることで、宇宙誕生直後の状態を再現することができます。このプロセスで2012年に発見されたのが、新しい粒子「ヒッグス粒子(ヒッグスボソン)」でした。ヒッグス粒子の発見は、素粒子が質量を持つようになり、宇宙がいまの姿になったことを確かめる上で重要な発見でした。
1-2. 重粒子線:最先端医療でひとびとを守る
粒子加速器は医療現場でも使われています。大阪医科薬科大学関西BNCT共同医療センターにある「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」がその一例で、「ホウ素薬剤BPA(p-boronophenylalanine)」を体内の腫瘍細胞へと注入し、そこに粒子加速器によって生み出した中性子を照射することで体内に局所的な核反応を起こすというものです。ホウ素薬剤BPAは中性子とともに、通常の生体内元素の数千倍もの核反応を起こすことから、従来の放射線治療よりも高い線量を腫瘍細胞へ集中させることができます。従来の方法では治療不可能な腫瘍に対しても、より大きなダメージを与えることができる、画期的な治療法として注目されています。
また、「重粒子線がん治療」は炭素イオンを光速の約70%にまで加速し、がん病巣に照射する放射線治療法です。
重粒子線の長所は、病巣に対する高い「線量集中性」と「生物効果」にあります。
従来のX線は、体外から照射すると体表面近くで線量が最大になり、体内に行くにつれて減衰します。
一方、重粒子線の場合は体内で線量を高めることが可能なだけでなく、X線よりもがん病巣に狙いを定めた照射が容易です。高線量で照射することができるため、線量集中性が高いといえます。
また、がん細胞を死に至らしめる生物効果についても、X線や陽子線の2〜3倍ほど大きいとされています。重粒子線の医療用加速器は千葉県にあり、「HIMAC(重粒子線がん治療装置)」と呼ばれています。
1-3. 未来のエネルギーを支える
「地上の人工の太陽」とも例えられる「核融合発電」は、クリーンで大容量の発電が可能であることから、未来のエネルギー源として期待されており、NTT宇宙環境エネルギー研究所も研究開発を進めています。
核融合発電を行うためには、核融合の高エネルギーを閉じ込めるための「核融合炉」が必要です。核融合炉は、核融合反応で生じる高速中性子(1,400万電子ボルト)の照射に耐え得る構造材で造る必要性があるため、現在、加速器によって発生させた高速中性子による材料照射試験が進められています。
青森県にある「国際核融合材料照射施設(International Fusion Materials Irradiation Facility:IFMIF)」では、「重陽子線形加速器」を2基用いて4,000万電子ボルトの重陽子をリチウムに衝突させ、核融合炉と同等のエネルギー分布を持つ中性子を発生させることが可能だとされています。
このように加速器は、未来のエネルギー源を支えるためにも使われているのです。
1-4. 半導体ソフトエラーを引き起こす中性子のエネルギー特性を測定する
私たちの社会は電子機器によって支えられています。しかしそれらの電子機器は、常に宇宙からの悪影響を受けています。宇宙から地球へ照射される「宇宙線」が、地球の大気に衝突すると、中性子が発生します。この中性子が地上に降り注ぎ、電子機器の半導体に衝突することで、中に保存されているデータが書き換えられてしまう現象を「ソフトエラー」といいます。
今後、半導体はますます高集積化・微細化が進んでいくと考えられるため、ソフトエラーを未然に防ぐことは重要なことです。そのため、中性子の影響による時間あたりのソフトエラーによる故障数を事前に計算し、その影響を把握した上で半導体や電子システムの設計を行う必要があります。
そこで必要になるのが、異なる中性子エネルギーのソフトエラー発生率のデータです。NTT、名古屋大学、北海道大学の共同研究では、世界ではじめてソフトエラーを引き起こす中性子のエネルギー特性の全貌を測定することに成功しています。
異なる中性子エネルギーのソフトエラー発生率のデータを収集するためには、エネルギーごとで速度が異なる中性子を時間的に分離した上で、ソフトエラーを測定しなければなりません。そこで利用されているのが、アメリカのニューメキシコ州にあるロスアラモス国立研究所(LANSCE)の大型加速器と茨城県の原子力科学研究所内にあるJ-PARC(Japan Proton Accelerator Research Complex)です。LANSCEの大型加速器では、約100万電子ボルト以上の中性子エネルギー帯(光速の4.6%以上の速度の中性子)、J-PARCでは、約100万電子ボルト以下のエネルギー帯のソフトエラー発生率を測定することができます。
このデータは、上空・宇宙・他惑星を含むさまざまな環境下における中性子に起因するソフトエラーの故障数を算出する上で重要なものです。
2. 加速方式から見る粒子加速器の歴史
粒子加速器の基本の機能は、電気を帯びさせた粒子に対し、電場をかけるというものです。1920年頃から物理学者たちは、原子核にさまざまな粒子をぶつける実験を行いました。粒子加速器は、自由に粒子を加速したいという物理学者たちの知的探究心から生み出されています。
2-1. 静電加速器
粒子加速器の黎明期、物理学者たちは高速粒子をつくるための高電圧をいかにして得るかを探求していました。そのなかで生まれたのが、ヴァンデグラフ型およびコッククロフト・ウォルトン型の「静電起電器」でした。方式は異なるものの、これらは身近にある静電気から高電圧を得るための装置でした。
物理学者であるコッククロフトとウォルトンは、コッククロフト・ウォルトン型静電起電器を使った加速装置を開発しました。物質を人工的に原子核に転換する実験に成功した実績を評価され、1951年に2人はノーベル物理学賞を受賞しました。
2-2. 線形加速器
静電加速器の考え方では、およそ100万ボルトもの電圧をかけて一気に加速することが念頭におかれていました。しかし、この手法は困難であるとともに、ときに危険を伴いました。そこで考案されたのが、低い電圧を直線状に繰り返しかけることで粒子を加速するという方法でした。これがスウェーデンの科学者イジングおよびノルウェーの技術者R.ウィーデルらが開発した「線形加速器」です。
21世紀において線形加速器は、最先端の粒子加速器です。国際協力によって設計開発が進められている「ILC(InternationalLinearCollider:国際リニアコライダー)」は、次世代の直線型衝突加速器です(後述)。この加速器で行われる実験は、光速近くまで加速した素粒子、電子と陽電子を正面衝突させるというもので、これにより宇宙のはじまりとされる「ビッグバン」の1兆分の1秒後の状態を再現し、未知の素粒子を探索します。
2-3. 円形加速器:シンクロトロンとサイクロトロン
線形加速器のアイデアが発展することで生まれたものが、CERN(欧州原子核研究機構)のLHC(大型ハドロン衝突型加速器)にも見られるような、円形加速器です。
アメリカの科学者E.O.ローレンスは、粒子の速度を上げるためには、加速器の長さを長大にしなければならないという線形加速器の短所に着目しました。そして1931年、荷電粒子が磁場の中を通ると「ローレンツ力」を受けて軌道を曲げることができる性質を利用し、加速部を円形にして効率よく加速できるよう考案されたのが「サイクロトロン」です。
その後、粒子に大きなエネルギーを与えることが困難であるというサイクロトロンの欠点を克服し、ドーナツ状の加速部内で粒子を加速する「シンクロトロン」が生み出されました。シンクロトロンはLHC(大型ハドロン衝突型加速器)で使われている加速方法でもあります。
3. さまざまな高エネルギー加速器
国内外にはさまざまな高エネルギー加速器があります。ここでは、CERNのLHC、茨城県にあるKEK、宮城県の東北大学青葉山新キャンパス内に建設中の「次世代放射光施設」について紹介します。
3-1. LHC(Large Hadron Collider: 大型ハドロン衝突型加速器)

2008年9月10日にはじめて稼働したLHC(大型ハドロン衝突型加速器)は、世界最大であり、最も強力な粒子加速器です。フランスとスイスの国境にある地下50m〜175mに位置し、周長約27kmの巨大トンネル内に建設されています。加速器の名前の由来は、陽子が属している素粒子のグループである「ハドロン」によるものです。
3-2. KEK(大学共同利用機関法人:高エネルギー加速器研究機構)
茨城県つくば市にあるKEK(高エネルギー加速器研究機構)は、素粒子物理学や加速器科学などを専門とする複数の研究施設および粒子加速器からなる総合研究機関です。日本最大規模の大型円形加速器「SuperKEKB」を備え、「ILC(国際リニアコライダー)」や「J-PARC(大強度陽子加速器施設)」などの粒子加速器および加速器研究施設の設立に深く携わっています。
なかでもSuperKEKBは、2018年に素粒子衝突の観測に成功しています。それぞれ素粒子である電子、反対の電気的性質を持つ陽電子を、光速近くまで加速し、衝突させました。
3-3. 次世代放射光施設
放射光とは、電子を光速付近まで加速し、磁場によってその軌道を曲げたとき(ローレンツ力)に放射される電磁波のことです。さまざまな構造解析や元素分析に応用できることから、幅広い研究が行われています。
兵庫県の播磨科学公園都市には理化学研究所(理研)が施設し、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)が管理・運営する大型放射光施設「SPring-8」があります。SPring-8の名称は、生み出される加速器エネルギー8GeV(80億電子ボルト)に由来しています。
「次世代放射光施設」は、SPring-8よりもコンパクトな加速器(3GeV程度の軟X線領域)で、高輝度放射光を得られる施設として、宮城県の東北大学青葉山新キャンパス内に建設中です。AIやビッグデータ解析を取り込むことで研究を加速していくことが狙いです。
4. まとめ
- 粒子加速器とは、電子や陽子などの粒子を、電場を使って加速する装置のこと。
- 粒子加速器は宇宙と物質の根源の探求、最先端医療、核融合炉の構造材の試験などに使われている。
- 粒子加速器は静電加速器、線形加速器、円形加速器の順に進化している。
- 日本国内にはKEKにSuperKEKB、J-PARC、ILCなどの粒子加速器がある。
- 構造解析技術などに貢献する次世代放射光施設を宮城県で建設中。
参考文献
- Britannica『Large Hadron Collider』
- CERN『The Large Hadron Collider』
- ILC PROJECT『ILCとは』
- NTTグループ『世界で初めて半導体ソフトエラーを引き起こす中性子のエネルギー特性を測定 ~宇宙・他惑星などあらゆる環境での中性子起因ソフトエラー故障数を算出可能に~』
- NTTグループ『世界初、中性子が引き起こす半導体ソフトエラー特性の全貌を解明 ~全電子機器に起こりうる、宇宙線起因の誤動作対策による安全な社会インフラの構築~』
- NTT研究開発『NTT宇宙環境エネルギー研究所』
- 科学技術振興機構『スーパーKEKBで初の素粒子衝突を観測 宇宙の成り立ち解明目指し第一歩』
- 九州国際重粒子線がん治療センター『重粒子線治療について』
- 国立がん研究センター 中央病院『病院設置型BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)について』
- 国立研究開発法人 理化学研究所『SPring-8とは』
- 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構『次世代放射光施設の特徴』
- 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構『重粒子線治療とは』
- 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構『世界最高強度の重陽子ビーム加速に成功 -日欧合同チームが加速器開発の未到のマイルストーンを達成-』
- 国立大学附置研究所・センター会議『ヒッグス粒子のその先へ「ビッグサイエンス」で新たな物理を切り拓く』
- 信州大学 理学部『宇宙の始まりを素粒子実験で解明しよう』
- 総合研究大学院大学 高エネルギー加速器科学研究科『加速器とは?』
- 大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器機構『About KEK』
- 大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器機構『KEKの目指すもの』
- 東京工業大学『ヒッグス粒子』
- ニュートンプレス『加速器がわかる本―小さな素粒子を"見る"巨大な装置』
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