更新日:2022/06/08
NTT未来ねっと研究所とNTTデバイスイノベーションセンタでは、CDC-ROADM (Colorless、Directionless、Contentionless - Reconfigurable Optical Add/Drop Multiplexing)と呼ばれる物理レイヤにおいてもっとも自由度の高い光ネットワーク構成のC+Lバンド化の検討を行いました。CDC-ROADMに不可欠なマルチキャストスイッチデバイスの動作波長範囲をC+Lの2つのバンドに拡大することで、構成がシンプルでバンドを意識することなく運用が可能なシームレスな光ノードが可能になります。
鈴木 賢哉(すずき けんや)†1/葉玉 恒一(はだま こういち)†1
山本 秀人(やまもと しゅうと)†2/谷口 寛樹(たにぐち ひろき)†2
木坂 由明(きさか よしあき)†2
NTTデバイスイノベーションセンタ†1
NTT未来ねっと研究所†2
IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)を構成する3つの技術分野の1つであるオールフォトニクス・ネットワーク(APN)は、フォトニクス技術を活用し、現在のエレクトロニクス技術では実現困難な、情報処理基盤のポテンシャルの大幅な向上を達成しようというものです (1) 。APNでは、伝送容量を125倍にすること、ネットワークから端末のエンド・ツー・エンドで最大限光技術を導入することを目標に掲げています。大容量の光伝送には、空間多重技術などのまだ実用化されていない技術の適用に加えて、現在、光ネットワークに適用されている波長分割多重技術の拡大も重要です。すなわち、光ファイバ通信に用いる波長帯域を拡大することで大容量化を図ります。また、波長分割多重方式における波長帯域の拡大は、エンド・ツー・エンドでの光技術適用にも有効です (2) 。エンド・ツー・エンドで光技術を適用するには、開通可能な光パス数を増やす必要があります。この場合にも、波長分割多重技術における波長帯域の拡大は重要な課題の1つであるといえます。
光ネットワークにおいては、光を光のままルーティングするために光スイッチが重要です。これまでに光スイッチを用いた光ネットワークとして、各ノードにおいて光信号の分岐・挿入を可能とするROADM (Reconfigurable Optical Add/Drop Multiplexing)システムが導入されてきました。複数のリング間で電気再生中継を介さない光信号の転送を実現することで、ネットワークを柔軟に再構築することができ、運用やメンテナンスのコストの低減が可能です。近年は、図1に示すように従来の単一リングネットワークから、より経済的なマルチリングネットワークへの拡張も進められています (3) 。図2に示すCDC-ROADM(Colorless、Directionless、Contentionless - Reconfigurable Optical Add/Drop Multiplexing)と呼ばれる光ノード構成は、マルチリングやメッシュネットワークなどの多方路のネットワークにおいて効率的なデータ通信を行うための方式であり、通信資源の効率的な運用に有効であるのみならず (4) 、激甚災害時の光伝送路断などの際の迅速な復旧にも寄与が期待されます (5) 。
また、最近の光伝送技術のトレンドとして光信号のボーレート化に関する議論があります (6) 。高ボーレート化は大容量信号を長距離にわたって伝送するのに好適です。これは、同じビットレートの信号で比較したときに、高いボーレートの信号は多値度のレベルを低減することに寄与するため、信号対雑音比耐性を改善する効果が見込めるためです。しかし、高ボーレート信号は広い信号帯域幅を占有するため、ROADMシステムで利用可能な波長数を減少させるという課題を引き起こします。図2に示すように、例えば、100Gbit/sの信号は32GHz程度の占有帯域であり、現在用いられているCバンド(1530〜1565nm)もしくはLバンド(1565〜1625nm)の波長帯域 (7) において、それぞれ90波程度の波長チャネルの配置が可能であるのに対して、64GHz程度の占有帯域を持つ500Gbit/s級の信号や、130GHz程度の占有帯域を持つ1Tbit/s級の信号では、それぞれ60波、もしくは30波程度配置されるのみです。この解決には、C、Lバンドの両方の波長帯の活用が効果的です。
CDC-ROADMは、システムに設置された光送受信器をもっとも効率的に活用できる方式の光ネットワークノード構成です。光ノードは他の方路に存在する光ノードとの通信をつかさどる必要がありますが、CDC-ROADMノードでは、もっとも少ない制限で自ノードに設置された光送受信器を任意の方路との通信に使うことができ、通信リソースの有効活用に効果的です。図3(a)は典型的なCDC-ROADMの構成です。CDC-ROADMは光クロスコネクト部と光送受信器集約部の2つから構成されます。光クロスコネクト部は、異なる方路からの信号をそのまま他の方路にパスするか(例えば、WestからEastなど)、自ノードとの通信に使うかを切り替えます。光送受信器集約部は、自ノードで扱う光信号について光クロスコネクト部と光送受信器の接続を制御します。CDC-ROADMでは光送受信器集約部がポイントです。従来のROADMシステムでは、光送受信器はある特定の方路との通信にしか使えない(Directioned)、もしくは同じ波長の光送受信器は1台しか扱えないか(Contensioned)という制約を有していました。CDC-ROADMは、マルチキャストスイッチ (8) と呼ばれる「光を光のままスイッチするデバイス」を用いることで、その方路の波長がすでに使われていない限り、任意の光送受信器を任意の方路との通信に使うことができる自由度の高い光ノード構成です。マルチキャストスイッチはNTTデバイスイノベーションセンタが世界に先駆けて実用化に成功したデバイスです。
光伝送のマルチバンド化に伴って、これまではCもしくはLの単一のバンド構成されていたCDC-ROADMもマルチバンド化する必要があります。従来のCもしくはLバンドのみで動作する光スイッチデバイスを用いてCDC-ROADMを構成する場合は、図3(b)に示すような複雑な構成になってしまいます。光送受信器集約部、光クロスコネクト部ともにCバンド用、Lバンド用を用意し、それぞれが扱う光信号をC/Lバンド合分波器で合波・分波して伝送ファイバとやり取りする必要があり、装置やデバイスの数は従来の単一バンドの場合に比べて倍増します。加えて、バンドを意識しての光送受信器の設置など、運用においても複雑性を増す可能性があります。これに対して開発したC+Lバンドに動作波長帯域を拡大したマルチキャストスイッチを用いることで、図3(c)に示すような簡単な構成のCDC-ROADMノードが実現されます。Cバンド、Lバンドの光送受信器の設置時には、そのバンドを意識することなくC+Lバンド光送受信器集約部に接続すればよく、作業時のミス等の低減にも寄与すると考えられます。
ところで、光送受信器集約部を構成するマルチキャストスイッチは、その構成上原理的に損失を有します。図4(a)は、M方路×N光送受信器を収容する典型的なマルチキャストスイッチデバイスの回路トポロジであり、自ノードで光信号を受信するドロップ側の例です。併せて図4(b)に、作製したC+Lバンドのマルチキャストスイッチの光回路チップの外観を示します。図4(a)に示されるとおり、マルチキャストスイッチは、入力された信号をN分岐するスプリッタが内包されます。これは、原理的な損失要因であり避けることはできません。したがって、分岐数を可能な限り低減することが光伝送特性上好ましいですが、一方で分岐数を減らすと、達成可能なアドドロップ率も減少するという課題があります。
しかし、高ボーレート伝送を扱う場合は、分岐数を減らしたとしても、従来と同程度のアドドロップ率を保てることが分かります。すなわち、130Gbaudなどの高ボーレートのシステムでは、前述のとおりバンドに配置可能な波長の数も減少します。そのため、分岐数の減少によるアドドロップ率の低下は、従来の32Gbaudのシステムと比較して同程度に保つことが可能です。表は、従来の32Gbaud信号の単一バンドのシステムと130Gbaud信号のC+LバンドのCDC-ROADM構成におけるアドドロップ率をまとめたものです。前者ではチャネル間隔を50GHz、Cバンドに96信号を割当て、後者では間隔を150GHz、CバンドとLバンドの両方で64信号を使用すると仮定しました。また、アドドロップ率は光クロスコネクト部の波長選択スイッチの規模に依存しますが、本稿では、従来の単一バンドのみのシステムでは、単一バンドシステムが開発された当時に利用可能な1×20WSS(Wavelength Selective Switch)を想定し、C+LバンドROADMでは、最近実用化が始まった1×32WSSを想定しています。表から分かるように、従来のCDC-ROADMで標準的な構成である8方路ポート、16光送受信器ポートのマルチキャストスイッチを用いたCバンドのみのシステムでは約27%のアドドロップ率であるのに対し、8光送受信器ポートのマルチキャストスイッチで130Gbaud信号を用いたC+LバンドROADMでも26%のアドドロップ率が得られることが分かります。したがって、マルチキャストスイッチの分岐数を現在主流の16から8に半減させても、従来と同等の運用性を確保できるといえます。実際には、必要な平均アドドロップ率は、総波長数をROADMシステムの搭載ノード数で割った値で見積もるのが妥当です。したがって、ノード数が10程度のネットワークであっても、平均アドドロップ率は10%で済みます。表に示したケースでこの条件を満たすことが明らかです。
C+Lバンドで動作する光送受信器収容部を持つCDC-ROADMの構成について、その可能性について説明しました。また、前述したC+Lバンドマルチキャストスイッチを用いたC+LバンドCDC-ROADMノードのフィージビリティ検証実験にも成功しています (9) 。
マルチバンド技術は大容量化のみならず、伝送チャネル数を拡大することでROADMシステムにおける自由度を高めるものです。信号の高ボーレート化に伴う伝送距離の拡大と相まって、光ネットワークの高度化に寄与する技術であるといえます。現在NTTではIOWN構想に向けてAPNの研究開発を進めています。今後は、APNの実現に向けて、1Tbit/s級の高速化や、さらにSバンドなどのより広い波長帯域を活用する技術や、空間多重技術を用いることにより、伝送容量の飛躍的な拡大ならびに光伝送システムの高度化に向けて研究開発を進めていきます。
光通信用デバイスの開発、実用化を通じて、NTTグループや世界のネットワークの高度化に貢献していきます。