光通信デバイス研究で培った光学技術や超高速光・電子デバイス技術を軸に、扱いやすく革新的な生体センシング技術の研究を推進しています。体内に存在する数多くの生体分子は、本人が気づかないうちに日々刻々と変化しており、特に糖尿病や高血圧等の疾患を持つ方々は投薬などの治療方針を立てるために体内に存在する所定の生体分子の量をこまめに把握する必要があります。従来は、多くの場合病院等の専門機関で検査を受ける必要がありましたが、私たちはより簡便に家庭でも測定可能な生体センシング技術を駆使することで人に優しいセンサの実現を目指しています。
簡便な血糖値センサを実現する最も有効な技術の一つとして、光音響法を応用した測定技術の研究を推進しています(図1)。光音響法の測定原理は、特定の光強度パターンを皮膚上から血管に照射することにより、体内に存在するグルコースの振動を誘導し、生じた超音波を測定します。超音波は体内の散乱を受けにくいため、従来の血糖測定計のように針を刺して血液を採取せずとも、体に当てるだけで体外からグルコースの存在量、すなわち血糖値を簡便に把握することができる技術です。
また、毛細管力と表面プラズモン共鳴(SPR)測定技術を応用した血の固まりやすさ(血液凝固能)を評価する技術の研究を推進しています(図2)。脳梗塞を患った患者は再発防止として抗凝固剤を服用しますが、血液凝固能は日動変化が大きいため投薬方針を立てるために定期的に凝固能を測定する必要があります。私たちは流路形状による毛細管力制御により微量の血漿と血を固まらせる試薬を滴下するだけで並列に流し、2液の境界で生じる光の屈折率変化を測定することにより固まる前に凝固能を測定する測定技術を研究しています。
テラヘルツ電磁波は、「光」と「ミリ波」に挟まれた領域に存在しており、分子識別能と透過性という双方の特徴を併せ持っています。ユニークな性質を持つテラヘルツ電磁波の発生・検出器を実現することで、直接目では見えないところに存在するものの成分を簡便に計測することができます。図3に現在検討している平面光回路技術を応用した連続波THz分光法装置の小型化と医薬分野への利用例を示します。例えば、ハンディタイプの検査機を用いて製造現場での包装内の薬剤分析を開封せずに簡便に行うことができます。図中には医薬錠剤のコクリスタルと呼ばれる成分の錠剤の中の分布を識別した例を示しています。テラヘルツ電磁波の検出には、光位相変調によるホモダイン検出方式を採用したことにより、テラヘルツ電磁波の透過強度および位相の両方でコクリスタルの分布情報を明瞭に知ることができます。
生体センシングデバイスから得られる生体データは、いわゆる“個人のビッグデータ”であり、安心安全なネットワーク内でデータ解析することにより、これから起こりうる未来の健康事象を予測することが期待されます。将来的には進行度を把握しづらい成人病の早期検知や、個人の体調ごとに最適な治療方法や予防手段が的確に選択できるようになります(図4)。
簡単簡便に測定可能な私たちの生体センシング技術は、これらの有益な生体の情報を、必要な時に誰でも手軽に入手するための手助けとなります。
SPR | Surface Plasmon Resonance |
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