社会システム変容の研究と有識者のコラム集 コラム⑩ コミュニティ
ウェルビーイングが重視される社会になると、地域コミュニティはどう変化するのか。
コミュニティの研究者にとって、非常に興味深いテーマである。どのように変わっていくかを「予測」するおもしろさがあり、また「期待」を込めて論じたくなるテーマでもある。くわえて、様々な地域の住民主体のまちづくりの実践に関わる身としては、ウェルビーイングな地域社会を本気で実現しようという「決意表明」にもなり得る。それゆえ、対象とどう距離を置くか、書き方の難しさはあるが、ウェルビーイングという価値観が浸透していくにつれ、地域社会が精気を取り戻していくのは間違いないのではないか。都市の近代化・合理化によって真っ先に失われてきたのが、地域社会の活力だったといえるからである。
逆にいえば、社会全体のウェルビーイングを高めていくためには、その足もとを支える地域コミュニティが、一人ひとりのウェルビーイングを実現する場とならなければならないだろう。地域コミュニティは、人間の身体的・生活的・人生的な「ライフ」と、職業や経済など社会を動かす「システム」の交差する場所だからである。
地域コミュニティについては多様な捉え方があり、町内会やまちづくり協議会など地域の運営組織を指す場合もあれば、特定の地域全体を指すこともある。ここでは、居住地域におけるいわゆる「ご近所づきあい」から、地縁団体や趣味のサークル、PTAへの参加、住民主体のまちづくりの取り組みまで、地域のフォーマル/インフォーマルの個人的・公共的活動のなかで生じる様々な関わり合いの総体を指す。いわば、「暮らしの現場」である。本論では、この暮らしの現場がウェルビーイングという価値観の社会的浸透を通じてどのように質的な変容を遂げるのか、その可能性について、期待も含めて考えてみたい。
では改めて、ウェルビーイングが重視される社会で、地域コミュニティはどのように変化するだろうか。
まず、一人ひとりの地域社会に対する意味の変容が起こるのではないだろうか。「ウェルビーイングな社会」はこれまでの社会と比較して、規模的な成長や外部からの評価よりも、質的な充実や内面的な充足感を大事にする社会といってよいだろう。そうした暮らしを求める時に、地域コミュニティ=暮らしの現場がもたらすウェルビーイングは、これまで以上に価値を持つ。
これまでの住民主体のまちづくりは、「地域の課題を解決するために汗をかいてがんばる」、といったイメージが強かった。危機感を持つメンバーで団体を立ち上げ、結束して事業を推進する。こうした活動が力強く地域を支えていたのは事実だが、現在日本の各地で見られる30歳代以下の若い世代によるまちづくりは、もっとしなやかである。課題解決よりも楽しさを、組織的な力よりもパーソナルなネットワークを通じた軽やかな実践を重視しているのが特徴である。こうした動的な地域コミュニティが増えているのは、地域への興味や課題意識の高まりというよりは、地域に関わったほうが楽しいし、豊かさを感じることができると気づく若い世代が増えているからだと考えられる。
私たちの研究(1)では、ウェルビーイングの要因を、I、We、Society、Universeの4つの広がりのなかでの関係性として整理している。つまり、自分、他者、社会、世界とつながると、ウェルビーイングが高まりやすいということである。心の良い状態をもたらす要因は、PERMA理論(Seligman)や幸福の4因子(前野)など諸説あるが、私たちはこれに超越的な世界とのつながりを加え、自分を起点にして同心円的にひろがる4つの領域としてまとめなおした。ウェルビーイングなサービスやプロダクトをデザインする際に実用的なツールとしての使いやすさを重視した整理である。
この4つの領域は、地域で活躍する人々がなぜ生き生きとしているかをよく説明していると思われる。まず自分とのつながりだが、楽しさを起点に活動をはじめ、自分のやりたいことを実現しやすい。地域へ参加すると、達成感や自己効力感を感じることも多いはずだ。また、活動する中では当然他者と関わることが必要だが、こうした仲間は業務上の関係に比べて水平的で、学校や職場よりも多様である。その関係性は共創的で、競争的ではない。そして、社会に良いことをしているという実感を得られる。活動の意義を感じるし、より望ましい社会を実現している手応えも感じられることが多いだろう。そして、地域に関わることで、自然環境や歴史・文化といった世俗を超えた「世界」に触れる機会が増えていく。
このように、自己の満足だけではない多様なレベルの関係性が充足していくことで、地域に関わる人々は、職業上の達成感などより複合的かつ総合的な満足感を得ているようである。2021年度にパーソルキャリア株式会社と実施した共同研究では、地域コミュニティに参加したワーカーがどのような変化を実感したかの聞き取り調査を行ったが、その多くは人生観や職業観の捉え直しを経験していた。職場と家庭に加えて地域に関わることが、それまでのアイデンティティに変化をもたらし、充実感や本来感を感じるきっかけになっていた。
高度経済成長期以降、特に都市部では、地域社会との関わりはわずらわしいものだという考えがあたりまえになったといえよう。あるいは一部の関心のある人だけが参加する活動とも思われているかもしれない。働き方改革によって生まれた時間やCOVID-19の感染拡大による在宅ワークの増加などを背景に、地域と出合う人たちが増えはじめている。一人ひとりがウェルビーイングを求める社会において、自分の人生をもっと豊かにしてくれる可能性を秘めたフィールドとして、地域コミュニティという暮らしの現場への期待が改めて立ち上がってくるのではないだろうか。
個人から地域へ目を移すと、この変化によって地域でシェアされる資源の総量が増えることが見込まれる。簡単に言うと、地域で多くの時間を過ごす人が増え、いろいろな情報やモノのやり取りがしやすくなるという状態である。
現在、子育て支援や高齢者の介護、防災や防犯、町内会の運営など、「地域のつながり」に対する期待は非常に高い。しかし、見守りや具体的な支援活動、NPOや地縁組織は慢性的に人手不足である。この背景には、そもそも地域のインフォーマルな活動に時間をかけられる人は限られる(忙しくて地域活動どころではない)、という問題がある。つまり、地域の共助的な活動を担う人数×時間の絶対的な量の不足である。
こうした構造的問題は、経済成長を最優先させる社会のあり方がもたらした弊害であるが、ウェルビーイングな暮らしへの期待から地域に目を向け、具体的に関わる人が増えれば増えるほど、地域で過ごす人数と時間が増えることになる。人口は増えなくても、参加する人の割合が増えていけば、地域の活気は増すだろう。もちろん、全員がすぐに担い手になることはないが、暮らしの現場で近隣の人々と顔を合わせる機会が増え、知り合いが増加していくだけで、社会関係資本は増えていく。その土壌が肥沃になれば、暮らしの安心感や安全性が高まるとともに、そのなかから活動に積極的に参加する人も現れやすくなるはずだ。
地域で過ごす時間が増え、人と人とのネットワークが増えていくと、そのつながりを通じて、ニーズとリソースのマッチングが起こりやすくなる。困りごとがある人と手を差し伸べる人というマッチングはもちろんだが、地域のつながりを通じて、必要な情報やモノが得られたり、自分の夢を実現するために必要な知恵や支援者に巡り合えたりすることも多くなる。人のネットワークを通じて、地域内外の様々な資源が集まってくることになる。
地域につながり、そこで自分らしい活動や仕事が実現できるようになると、それぞれのウェルビーイングも高まる。筆者らが、徳島県神山町に建設された子育て世帯向けの町営住宅「大埜地の集合住宅」をフィールドに行った調査では、住宅の建設に携わった町内の事業者や入居して地域のつながりや地域に関わる仕事を得た人は、地域の未来に参加している実感が高く、ウェルビーイングも高い傾向があった(2)。
地域に関わることで楽しさを感じられ、心の豊かさが得られる。こうした価値観が普及すれば、地域で生活する人とその時間の総量が増えていく。そして、つながりを通じていろいろな資源が出会い、安心感や新しい活動が生まれる。現在、日本の各地の活気あるまちでは、絶えず新しい社会的な創発が生じる動的なコミュニティがある。社会がウェルビーイングを目指すことによって、そのような地域が増えていくのではないか。
人が集まり、次々と新しい活動が生まれるようになると、新たな可能性が感じられるようになる。すると、その未来への可能性が誘引となり、企業や団体も参加するようになる。そこに新しい社会イノベーションが芽生える。
筆者が関わる「おやまちプロジェクト(3)」はまさに、個人の内的動機付けや楽しさを大切にするウェルビーイングなプロジェクトであり、パーソナルなネットワークが地域の関係性や取り組みの変革に発展している好例である。
おやまちプロジェクトは、筆者の所属する東京都市大学の地元・世田谷区尾山台地域を中心に、多様な地域住民のつながりを生み出していく活動である。2017年に商店街理事や小学校校長、地域住民、大学教員(筆者)が発起人となって発足、まちの未来を考えるワークショップやサロン、歩行者天国での交流イベントや子ども食堂などを通じて、地域の多様な人のつながる場をつくってきた。そのなかから数々の活動が生まれ、現在ではそうしたボトムアップの地域活動(本稿のテーマに寄せていえば、ウェルビーイングを重視した地域コミュニティ=暮らしの現場のあり方と言ってよいだろう)から、大学、企業、医療・福祉機関などと連携した様々な研究プロジェクトが始まっている。
興味深いのは、そこでは多様なセクターのステークホルダーが資源を持ち寄り、これまでとは異なる関わりによって、これまではなかった価値を、それぞれの組織の外側=つまり地域という共有のフィールドにつくりだす動きが見られることである。
たとえば、「14歳のファーストプロジェクト」という尾山台中学校の2年生を対象に行われた総合的な学習の時間の活動は、おやまちプロジェクトのコーディネイトにより、商店街に新しくオープンした書店と、2年後に18世帯が入居するコーポラティブハウスを竣工させるディベロッパーを「クライアント」に設定、中学生がグループでそれぞれの課題を解決するアイデアを提案するというものであった。7月から10月にかけて数回にわたって行われた授業を設計し、実際に講義したのは東京都市大学の学生で、授業が終了した後も、書店のプロジェクトは「雲の上の本屋さん」や「小学生店長の店」など、中学生有志が小学生を誘い、提案を実現する活動を続けている。これまでにないキャリア教育であり、小中学生が参加する商店街の活性化であり、大学生の実践的研究の場でもあるという複合的な意味合いのある企画になった。
これは、規模は小さくはあるが、地域の多様なセクターのステークホルダーが、これまでとは異なる関係で、前例にないアクションを地域という公共的な場に生み出しているという点で、オープンイノベーション2.0のフレームワークにあたる実践だといえる。
これまでイノベーションといえば産業界を軸に考えられてきた。しかし、様々な水準で社会システムの不全が起こっている現在、特定の企業や専門分野内の技術開発だけではなく、社会構造の組み替えを含めたイノベーションが必要だ。たとえば医療や教育を例にあげると、病院や学校という専門施設のなかだけで最良の医療行為や教育の提供はできない。「地域との連携」が求められる所以だが、逆に言えば、専門的な領域のあいだにひろがる地域こそ、様々な社会課題を解決するフィールドだといえる。企業や文化施設なども同じだろう。地域におけるオープンイノベーションが、その解決の糸口の一つになり得るのではないだろうか。その時、社会コンセプトとしてのウェルビーイングが、多様な領域の個人や組織の協働を実現する共通の目標として大きな役割を果たすはずだ。
現在、私たちは、こうした地域におけるオープンイノベーションを加速する「おやまちリビングラボ」を、尾山台商店街に設置準備している。これは東京都市大学の研究プロジェクトである「ウェルビーイングリビングラボ研究ユニット」が、おやまちプロジェクトと協働して立ち上げるリビングラボである。ウェルビーイングを軸足において新しい地域社会のありようを構想し、地域住民や地域の様々な分野の組織・団体とともに実践的な手法を開発するラボである。
ここまで、ウェルビーイングを重視する社会がもたらす地域コミュニティの変容のストーリーを描いてきた。絵空事ではなく、多くの地域において実際に起こっている事実でもある。だが、そうした萌芽的な動きが社会全般に普及するにはまだ時間がかかるだろう。
前述のパーソルキャリアとの研究では、地域コミュニティがワーカーにとって価値を持つのは、それが企業文化とは異なる規範を持つからであった。テーマや目的があらかじめ定まっているわけでもなく、ゆるやかで水平的な関係性のなかでの活動を経験することによって、それぞれのなかでの意識変容が起きる。しかし、その無目的性、不定形性ゆえに、そうしたコミュニティへいつどのように参加するか、動機づけや機会創出が難しい。
ウェルビーイングは、人間のよい状態についての研究であるとともに、社会デザインのパラダイムシフトを誘発するコンセプトでもある。ウェルビーイングを重視した社会づくりは、新しい価値観や文化を醸成していくことであり、時にはこれまでの常識を手放すことも必要となる。流行り言葉の一つに終わらせず、根本的なイノベーションを目指すべきだろう。
そのために、一人ひとりが人間のよい状態についての本質を考え、それぞれが自分と他者のウェルビーイングを実現するための当事者だという認識からはじめることが有効ではないか。私たちの暮らしの現場で私たちのウェルビーイングに向き合うこと。それらをともに実現していくこと。ウェルビーイングを重視する社会を足元から立ち上げていく、その舞台として地域コミュニティが改めて期待されているのではないだろうか。
坂倉 杏介
東京都市大学都市生活学部准教授。博士(政策・メディア)。専門はコミュニティマネジメント。三田の家LLP代表ほか。多様な主体の相互作用によってつながりと活動が生まれる「協働プラットフォーム」という視点から、ウェルビーイングとイノベーションを生み出すコミュニティ形成手法を各地で実践的に研究。ウェルビーイングな地域を実現する「おやまちリビングラボ」プロジェクトを大学の地元・世田谷区尾山台にて進行中。