異分野を横断したシミュレーション連携で地球の未来を予測

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。

福田 哲也(ふくだ てつや)

NTT宇宙環境エネルギー研究所 環境社会循環予測技術グループ 研究員
東京大学工学部を卒業後、2017年に同大学院情報理工学系研究科修士課程を修了(修士(情報理工学))。専門は計算科学、計算機科学。入社後はソフトウェアイノベーションセンタにてデータベース(DB)に関する研究開発に従事。現在宇宙環境エネルギー研究所では、人間社会を制御装置として地球全体の持続性を実現する方法の提案に向け、環境・社会分野のモデル連成に関する研究開発に従事。

2019年5月にNTTは「IOWN構想」を発表し、その構成要素の一つとして2019年6月に 「デジタルツインコンピューティング」が立ち上げられました。これは現実世界から収集したさまざまなデータをもとに、気象、河川、経済社会、人間の活動などをコンピュータ上で再現する壮大な構想です。その柱のひとつである「地球と社会・経済システムの包摂的な平衡解を導き出す技術」の実現に向けて開発されたのが「異分野モデル連携処理技術」です。本記事では、NTT宇宙環境エネルギー研究所で大きな発展を遂げようとしているこの技術の意義や将来展望について、環境社会循環予測技術グループの福田哲也氏にお話を聞きました。

1. 異分野のモデル連携から生まれる新たな知見

福田さんが研究に携わっている「異分野モデル連携処理技術」とは、どのような技術なのでしょうか?

「異分野モデル連携処理技術」とは、さまざまな分野で独立して研究が進められてきた「計算モデル」や「シミュレーションモデル」をつなぎ、協調的に動かすことで分野を横断した大規模なシミュレーションを行うための技術です。

たとえば、地球科学の分野では、大気、海洋、陸上のそれぞれの動きを予測するためのシミュレーションモデルが長い時間をかけて発展してきました。しかし、実際の地球ではこれらの要素は互いに影響し合っているため、個別のシミュレーションだけでは予測の精度に限界があります。そこで、これらのシミュレーションモデルをつないで、地球環境全体をより精密に再現する取り組みが進められています。これが地球科学の分野における「分野内のシミュレーションモデルの連携」です。

一方、私たちが研究を進めているのは、各研究分野を横断してシミュレーションモデルを連携するための「異分野モデル連携処理技術」です。特に環境と経済社会をつなげ、両者の相互作用を予測する包括的な計算モデルをコンピュータ上で構築して、さまざまな条件下のシミュレーション(環境・社会循環シミュレーション)を行うことで、持続可能な地球と社会を実現するための最善の選択肢を探索できると考えています。

この技術によって、具体的にどのような成果が期待されるのですか?

「異分野モデル連携処理技術」の研究を開始した当初から、社外の専門家の方々も交えて議論を重ねてきたテーマのひとつに「水」があります。最近の研究においても、気候変動下における水循環と経済活動の関係性をシミュレーションによって評価しています。陸上で水が存在する場所と量を計算する「Integrated Land Simulator(ILS)」と、経済・社会的な水の利用状況を統合的に評価する「Global Change Analysis Model(GCAM)」をつなぐことで、将来の経済活動の一例として2020~2040年の日本における米の年間生産量を予測しました。
さらに、環境政策として水の消費者価格を変動させた場合、「水ストレス(水の利用が環境に与える負荷)」が世界的にどのように変化するかのシミュレーションも行っています。このシミュレーションでは、水の消費者価格を全世界共通で設定したため完全に正確ではありませんが、水の消費者価格を高く設定した場合、世界の水ストレスが低くなる傾向が観察されました。こうしたシミュレーションの精度を向上させていくことで、将来的に水に関する環境政策の決定に貢献できるのではないかと考えています。

2. 環境と経済社会のモデル連携で地球の未来を予測

「環境と経済社会をつなぐ」という研究の発想は、どのようにして生まれたのですか?

この研究の発端は、2019年6月にNTTが発表した「デジタルツインコンピューティング構想」にあります。デジタルツインとは、現実世界から収集したさまざまなデータをもとに、気象や河川などの環境や経済社会の状況、人間の活動などをコンピュータ上で再現する技術です。このデジタルツインを使って、世界の未来、地球の未来を予測したいと考えました。そのためには、独立した研究分野のデジタルツイン同士をつなぐ技術が必要です。そのなかでも私たちが環境と経済社会をつなぐ「環境・社会循環シミュレーション」に力を入れているのは、そこに社会的ニーズがあると感じているからです。

この社会的ニーズは、国際的な気候変動対策の分野でも強く認識されています。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、各国政府の気候変動に関する政策に科学的な根拠を与える機関です。IPCCには3つのワーキンググループがあって、それぞれが地球科学的な影響、経済・社会的な影響、気候変動への適応・緩和策を明らかにして、世界に提供することを目的に最新の科学的知見を収集・評価しています。
各ワーキンググループは基本的に独立して活動していますが、現実の世界で「地球科学(環境)」と「経済・社会」は切り離せるものではありません。実際、IPCC関係者の間でも「両者をつながなくてはいけない」という問題意識があると聞いています。この問題意識は、まさに「異分野モデル連携処理技術」の研究目的と一致するものです。

異なる研究分野のシミュレーションモデルは、実際にどのようにしてつなぐことができるのですか?

異分野のシミュレーションモデルの連携は、複数の計算モデル間の因果関係を定義し、各モデル間での情報伝達の設定を行うことで実現されます。具体的には、どのモデルからどのモデルに、いつ、どのような情報を送るかを設定して全体を制御します。ここでは、複数のモデルをどの順番で実行させるかを考えたり、情報を送る際に受け取る側のモデルに合わせて数値を変換したりします。

この連携プロセスの一例として、研究の初期段階で実施した「河川氾濫モデル」と「避難誘導モデル」の連携シミュレーションがあります。このシミュレーションでは、河川の氾濫が発生した際の避難経路の変化を予測することをめざしました。その過程で得られた重要な知見のひとつが、シミュレーションの時間間隔(タイムステップ)調整の重要性です。通常、シミュレーションは1時間間隔など一定のタイムステップで実行されますが、実際の自然現象が1時間ごとに発生することはありません。つまり、1時間より短いタイムステップでシミュレーションを実行することで、避難経路の変化を詳細に把握できる実用的なモデルを構築できるということです。

このような細かな調整は、一見些細なことに思えるかもしれません。しかし、実用的で信頼性の高いシミュレーションモデルを構築する上では極めて重要な要素となります。「異分野モデル連携処理技術」の開発においては、こうした細部への配慮が成功の鍵となるのです。

3. 複雑化する社会問題を解決し、豊かな未来を創造

「異分野モデル連携処理技術」を広く社会で役立てていく上で、現状ではどのような課題がありますか?

複数のモデルを連携させて因果関係とタイムステップを設定し、シミュレータを動かしながら制御を行うという基本的なフレームワークはすでに確立しています。しかし、現状では誰もが直感的にシミュレーションを実行できるレベルには至っていません。

特に、このモデルに関する知識を持たない人にとっては、ハードルの高い技術だといえます。この課題を解決するためには、モデル間の連携をサポートする補助技術の開発が必要です。具体的なアイデアはこれからですが、この技術をより多くの人が活用できるようにするための改善が今後の重要な課題となると考えています。

この技術の将来展望についてお聞かせください。

将来的には、この「異分野モデル連携処理技術」を多くの人に活用してもらいたいと思っています。同時にこの技術から得られた成果を、他のシミュレーションのインプットデータとして活用してもらえるよう、広く情報発信していくことも重要だと考えています。

地球環境や私たちの社会が抱える課題はますます複雑化しており、さまざまな分野を横断した協力が不可欠です。それだけに、各分野のモデルをつなぐ「異分野モデル連携処理技術」は、多くの社会問題の解決に不可欠な技術になっていくことを確信しています。

この技術がさらに発展すれば、これまでとは異なる社会システムのシミュレーションも可能になるでしょう。その結果を踏まえて、既存の社会システムを抜本的に見直すことで、多くの人々が長く健康に暮らせる豊かな未来を創造することができるかもしれません。

4. 不思議なものへの好奇心が導いた研究者への道

研究者という仕事を意識するようになったのはいつ頃からですか?

子どもの頃は宇宙や星座、恐竜、それからドラえもんなどが好きで、不思議なものに魅了されては、いつも「なぜだろう?」と考えていたように思います。高校生になった頃には、宇宙かロボットの研究をしたいと考えるようになり、それならばリアルなドラえもんをつくることができれば、孤独を抱えている子どもの支えにもなれるんじゃないかと考えていたこともありました。

漠然とではありましたが、その頃から研究者になりたいという思いを抱くようになりました。当時は自分の知的好奇心を満たすことばかり考えていた面がありますが、振り返ってみれば、この知識欲こそが私を研究の世界に進ませたのは間違いありません。

福田さんにとって、NTT宇宙環境エネルギー研究所はどんな仕事場ですか?

企業の研究所ですから、やはり研究は事業化を視野に入れて取り組む必要があります。そのなかで「異分野モデル連携処理技術」の研究は、まだ多くの研究を行わなければならないところがあり、社内でも異色のテーマです。しかし、NTT宇宙環境エネルギー研究所には「ずっと先の未来を見据えた研究」を許容する土壌があります。それこそが、この研究所の大きな魅力だと思います。

将来、研究職に就きたいと考えている若い方たちへのメッセージをお願いします。

研究を計画する際は、その研究が世の中でどれだけ必要とされているか、新規性があるかなど、さまざまな観点から情報収集を行うと思います。しかし、若い方々にはその前段階として「自分はこの世界にどう働きかけて、変えていきたいか」という夢を持ち続けてほしいです。研究の過程では多くの壁や困難にぶつかりますが、こうした夢と信念を持って研究に取り組むことができれば、必ず社会に貢献できる成果を手にすることができるはずです。

日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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