更新日:2020/9/18
新型コロナウイルスの影響で残念ながら中止となってしまった『ニコニコ超会議2020』。『ニコニコネット超会議2020』としてオンラインイベントは開催されましたが、実際には披露できなかった企画や展示が多数あります。ここでは、紹介できなかった研究内容と展示内容について紹介していきます。
膨大なコンテンツが存在し、多くの人が活動しているWWWをフィールドとしたゲームを実現することで、Webサイト上のデータを利用したヒューマンコンピュテーションや、プレイヤーの能力開発、特定Webサイトへのナビゲーションなどを実現する研究がされています。ニコニコ超会議では、その成果の展示が予定されていました。
普段私たちが生活している現実世界をフィールドとした位置情報ゲームの「Pokémon GO」は、単なるゲームの枠を超えて大きな社会現象を引き起こしました。一方で、WWW(World Wide Web)の世界もまたリアルワールドに劣らず広大です。多くの人がさまざまな目的で活動するこの空間は“第二の現実世界”といっても過言ではありません。
このWWWをゲームの舞台にしたらどんなゲームが実現可能で、またどのような派生効果を生み出すことができるのか、それが「WWWゲーム化」の研究テーマです。そのための足掛かりとして、すでに多くの人々が楽しんでいるPokémon GOのような、現実世界を舞台とした位置情報ゲームを手本としながら、その実現性の検証や各種効果の検討などを進めています。ニコニコ超会議で実施を予定していた展示も、その検証の一環として位置付けられます。
さて、WWWゲーム化では、現実世界を舞台とした位置情報ゲームをどのようにWWWの世界で実現するのでしょうか。既存の位置情報ゲームでは、プレイヤーの現在地やその移動軌跡を緯度経度で示される地理座標として取得し、その位置に応じてゲームイベントを発生させます。一方、WWWゲーム化ではWebページの所在を一意に指定するURLをプレイヤーの位置とし、URLに応じたゲームイベントを生成します。Pokémon GOや「ドラクエウォーク」などの位置情報ゲームではスマートフォンがGPSなどを利用してプレイヤーの位置を把握しますが、WWWゲーム化ではWebブラウザがプレイヤーの位置を把握してゲームを進行します。
Pokémon GOのような位置情報ゲームではスマートフォンにゲームアプリをインストールして実行しますが、WWWゲーム化ではWebブラウザにアドオンをインストールしてゲームをします。アドオンがWebページ上へゲーム画面をオーバーレイします。また、プレイヤーのIDや現在地(URL)、また操作内容などをゲームサーバに送ってゲームを更新するための情報を取得します。
【図1】WWWゲーム化技術では、WWWの位置(URL)に応じてゲームが進行していく。
【図2】WWWゲーム化にはアドオンを利用する。ゲームに特化した環境が不要で、通常のWebブラウズ中でもゲームを楽しむことができる。
テキストモンスターは、WWWゲーム化の実現性を検証するために作成されました。テキストモンスターでは、Webページ内に出現する単語を擬人化してWebページ上に表示します(擬人化された単語をテキモンと呼びます)。テキモンを捕まえ、Webサイトに割り当てていく(放牧と呼びます)ことでプレイヤーはWWW上の任意のWebサイトを占領していくことができます。また、他のプレイヤーが放牧しているWebサイトに手持ちのテキモンでバトルを仕掛けることで、そのWebサイトを奪い取ることもできます。
テキストモンスターでポイントとなるのが、テキモンを捕まえる際の課題の難易度や、バトルにおけるテキモンの強さを決定する「単語親密度」の概念です。単語親密度とは「単語に対するなじみ深さ」を1.0~7.0の数値で表現した指標のことで、NTTでは評定実験によって単語親密度データベースを構築しています。
テキストモンスターでは、この単語親密度が低いテキモンほどバトルにおいて強くなるよう設定してあるため、単語親密度が低いテキモンを集めたプレイヤーがゲームを有利に進めることができます。しかし、単語親密度の低いテキモンを捕まえるには語彙力が必要であり簡単ではありません。テキモンを捕獲する際には、プレイヤーはそのテキモンと同程度の親密度を持つと思われる単語を5つ選ぶ必要があります。正しく単語親密度が近い単語を選べれば捕獲に成功しますが、単語親密度が低い、すなわち「あまり知られていない単語」であるほど選ぶのが困難になっていきます。
実はこのテキモンを捕獲する課題は、単語親密度を単語に付与する「ヒューマンコンピュテーション」になっています。世の中では日々新しい語が生まれますが、これらの単語には単語親密度が付いていません。これらの単語は生まれたあとにWebページ上の文章に次第に現れてくるため、テキストモンスターではゲームを通してこれらの単語に対する単語親密度のラベル付けを実現しています。
また、テキストモンスターでは「ヒューマンコンピュテーション」以外にもいくつかの効果を期待しています。一つは能力開発です。テキストモンスターでは日本語の語彙力が高くないとテキモンの捕獲が難しくなりますが、このようなデザインによって語彙力を向上させるモチベーションが高まることが期待できます。また、一部のWebサイトに放牧した際にゲーム内で高得点が得られるようにすることで、そのWebサイトへの「集客効果」も期待できるでしょう。WWWという“第二の現実世界”をフィールドとすることで、WWW上のコンテンツやWWWを利用する人を巻き込んだ様々な効果がデザインできると考えています。
https://www.youtube.com/watch?v=1FIicXh6yNY
【図3】テキモンを捕獲するにはテキモンの単語と同じぐらい知られている単語を5つ入力する(捕獲ゲームと呼ぶ)。
【図4】単語のなじみ深さを表す単語親密度の指標の例。単語親密度は語彙力のチェックや失語、失読の症状分析などに利用されている。「捕獲ゲーム」ではプレイヤーの回答結果を基に単語親密度が割り振られていない語に単語親密度を付与していく。
ニコニコ超会議ではブースとステージ展示を予定していました。展示の目的は、WWWゲーム化技術の頑健性などの評価、および、不特定多数の訪問者から得られた単語親密度データを基にした単語親密度付与の仕組みの検証です。
ブース展示では、訪問者の体験時間を考慮すると陣地を取り合うバトルを含むゲームの実施は難しいと考え、テキモンの捕獲に特化したゲームに簡略化して体験してもらうことにしました。捕獲したテキモンはニコニコ超会議ホームページ上の各ブースのWebページに放牧できます。各Webページ上には展示訪問者が放したさまざまなテキモンが徘徊することで、さながら各ブースの来客者が仮想的に可視化されているようなページを生み出すことができます。また、超会議のフロアマップ上には、放牧されているテキモンの数や変動をグラフとして表示することで、各展示のある種の人気度もわかると考えていました。
一方、ステージ展示では、数名のプレイヤーに短時間でWebページの奪い合いを体験してもらうことを念頭にゲームをデザインしました。さまざまな単語が日々生み出されていくニコニコ大百科のページを舞台として、テキモンを捕獲し、ページを占領していくゲームです。ニコニコ大百科のページには野良テキモンが徘徊しており、そのうちの一匹を選択すると捕獲ゲームが始まります。捕獲に成功すると自動的にそのページに放牧され、そのテキモンがページを開拓しだします。ステージ版テキストモンスターでは制限時間内でこの開拓で得られたポイントの合計を競います。よりエキサイティングにゲームが進行するように、強いテキモンほど開拓は遅い、ページの見出し語と同じ単語のテキモンを放牧すると開拓が加速する、バトルで放牧地を奪うとそのページで生み出されたこれまでの開拓ポイントごと奪い取ることができるといった仕組みを導入しています。
WWWには大量かつ多種多様なデータがあり、また、WWW上で活動している人も数多くいます。WWWゲーム化技術によってWWW上の人々に協力してもらい、WWW上の大量のデータを編集できれば、それを使ったさまざまなサービス創出も見えてくるでしょう。今回は、残念ながら出展中止となりましたが、近い将来皆さんに楽しんでいただけるよう研究を進めていきたいと思います。
【図5】ステージ版のメイン画面。右上に簡易順位表が表示され、各プレイヤーの開拓ポイントの合計、放牧数、バトルの勝利数などがわかる。
【図6】テキモンを捕獲すると、テキモンが輝きだしニコニコ大百科内のページを開拓しだす。
【図7】各プレイヤーの放牧地はじょうきょう画面で確認できる。テキモンアイコンがプレイヤーの各放牧地(ニコニコ大百科内のWebページ)を表している。Webページの見出し語と同じ単語を放牧しているテキモンは黄色く光っており、開拓が加速していることを示している。
【図8】他のプレイヤーが放牧しているWebページでテキモンの捕獲に成功するとバトルが発生する。バトルに勝利するとそのWebページを奪い取ることができる。