更新日:2020/07/01
通信技術の発展は人々の社会生活を大きく変革してきました。世界的な新型コロナウイルスの感染拡大による未曾有の事態においても、リモートワークやオンライン診断といったICTを活用したサービス・アプリケーションは、人々の生活や経済活動を支えてきました。一方、総務省の情報通信白書によると、世界的に普及が進んだIoTデバイス数は現在、約400億ともいわれています。こうしたサービスやアプリケーションを支えている光通信インフラの研究開発と実用化に至るまでの道程・研究者の心構えについて、 NTT未来ねっと研究所、宮本裕フェローに伺いました。
NTTはこれまで光通信技術の研究開発において世界をリードしてきました。1981年から時分割多重(TDM)光ファイバ通信方式の実用化が始まり、以来、光増幅中継方式、波長多重(WDM)方式、デジタルコヒーレント方式といった光伝送方式の3つのパラダイムシフトを連続的に起こし続けることで、40年間で約106倍の伝送容量拡大を実現してきました。いまだにデータ通信量は年率1.4倍程度の割合で増加し続けており、5G(第5世代移動通信システム)やIoT(Internet of Things)の本格導入により、今後も同様に、、指数関数的に増大することが予想されます(1)。
最近では、1波長当りのチャネル容量100~400 Gbit/sのデジタルコヒ―レント方式を用いた大容量波長多重システムが研究開発・実用化され、ファイバ1本で8 Tbit/sの大容量長距離伝送が実現しています(2)(3)。現在では、デジタルコヒーレント方式のさらなる高度化により、チャネル容量も600 Gbit/s/波長が実用段階にあり、今後も新たな研究開発を進めることで1Tbit/s/波長を超える高速化が進むと期待されています(3)(4)。
一方で、今後10年スパンでの光通信インフラの発展を図1の実用システムのトレンドから予測すると、2030年代にはPbit/s級容量の長距離伝送が必要となります。しかしながら、近年の研究において、現在利用している既存の光ファイバを用いた長距離伝送時の物理的な伝送容量限界が100 Tbit/s付近で顕在化すること(キャパシティクランチ)が分かってきてます。このキャパシティクランチの技術課題を克服し、現在の100倍以上のデータトラフィックを低電力かつ経済的に収容可能なペタビット級の光インフラを実現するために私たちが取り組んでいる研究開発が、スケーラブル光通信技術です(1)。この実現には、これまで取り組んできた光伝送技術とともに、光ファイバそのものの新たな光媒体技術をセットで考えた技術革新、すなわち、第4のパラダイムシフトが必要であると考えています。
私たちの研究開発の一例として、光媒体研究部門との密な連携をとり、光ファイバ1本当りの伝送容量を現在の既存の光ファイバを用いた実用システムの125倍以上の毎秒1ペタビット以上に拡大可能な空間多重光通信技術があります。NTTでは、2012年に、国内外の研究機関と共同で、1本の光ファイバに12個のコア(光ファイバ内の光信号の通り道)を実装したマルチコアファイバを適用し、デジタコヒーレント技術をさらに高度化した32値の光直交位相変調(QAM)信号を波長多重することで、1コア当り84 Tbit/s容量伝送、すなわち、ファイバ1本当り1.01 Pbit/s(= 84 Tbit/s × 12コア)の信号を52.4 km伝送する実証実験に世界で初めて成功しました。また、その後、2017年には、32コアファイバを用いた新たな実験により、毎秒1ペタビットで1000 km以上の長距離光増幅中継伝送のポテンシャル実証にも成功しています(図1)。
また、一波長当りの高速化では、デバイス研究部門との密な連携により、将来的には波長当り10 Tbit/s級容量の光伝送技術開発に取り組んでいます。例えば、既存のシングルモード光ファイバを用いて、それまでのシリコンCMOS半導体回路やデバイス実装技術では実現が困難とされていた1波長当り1Tbit/s容量の長距離波長多重伝送実験に世界で初めて成功しています。2019年には、超高速光送受信回路の新しい光・電子集積化構成方法により、100 GHz超の帯域を有するアナログ・マルチプレクサ集積回路(AMUX IC)と広帯域InP(インジウム・リン)半導体変調器の一体光モジュール集積を実現することで、世界最高速のチャネル容量1.3 Tbit/sでの波長多重長距離伝送実験に成功しました(図2(a))。また、NTT研究所が長年にわたり開発してきた周期的分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN)による高効率パラメトリック 光増幅技術により、既存の技術では実現が難しい広帯域光増幅・波長変換やデジタル信号処理の飛躍的な低減技術にも取り組んでいます(図2(b))。
時代に何とか追いついているという感覚です。これまで携わってきたNTTにおける光通信インフラの研究開発においては、図1に示したとおり、研究開発段階での実験実証で目標性能に初めて到達したとき(黄色のライン)から、システム実用化(緑のライン)に至るまでに約10年程度を要してきました。…