更新日:2019/03/01

    デジタル信号処理と回路技術を融合した超高速光通信技術
    NTT未来ねっと研究所

    NTT技術ジャーナル2019年3月号:特集「将来の大容量通信インフラを支える超高速通信技術」より

    小林 孝行(こばやし たかゆき)/ 濱岡 福太郎(はまおか ふくたろう)/ 中村 政則(なかむら まさのり)/ 山崎 裕史(やまざき ひろし)/ 長谷 宗彦(ながたに むねひこ)/ 宮本 裕(みやもと ゆたか)

    NTT未来ねっと研究所

    超高速光通信技術

    超高速光通信技術は、光ネットワークの伝送性能を左右する基盤技術です。基幹ネットワークにおいては、2017年に標準化が完了した400Gイーサ(400GE)などの超高速クライアント信号を、デジタルコヒーレント伝送技術(1)に基づいた高速光チャネルに多重収容し、さらに複数の高速光チャネルを波長軸に多重すること(WDM: Wavelength Division Multiplexing)で長距離・大容量光ネットワークを実現しています。一方、SNSや動画配信などさまざまなサービスの基盤となっているデータセンタにおいて、内部におけるサーバ間のデータ伝送や、複数のデータセンタ拠点間の通信需要が非常に高まっています。基幹網に比べ、伝送距離は短距離となりますが経済性が求められており、シンプルな送受信機構成で実現可能な強度変調・直接検波(IM-DD: Intesnsity Modulation Direct Detection)方式によって、高速データ通信が実現されています。

    光信号高速化の技術課題

    1チャネル当り100 Gbit/sおよび400 Gbit/s級のクライアント信号を収容可能な光通信技術が実用化されています(2)。イーサネットの標準化においては、次の伝送速度規格の議論が開始されており、その伝送速度の候補として800 Gbit/sや1.6 Tbit/sなどが挙がっています。将来的に、光ネットワークにおいては、1チャネル当り1 Tbit/sを超える高速なクライアント信号を収容することが期待されています。光信号の高速化を実現する3つの軸を図1に示します。従来のIM-DD方式では光の強度(on/offの2値信号)を利用していましたが、図2に示すようなデジタルコヒーレント技術によって、光の振幅・位相を利用して1パルス当り4値以上の信号を伝送可能になりました。加えて、送受信器内でデジタル信号処理を行うことにより、偏波の分離や光ファイバ内で生じる波長分散や偏波モード分散による波形歪みを等化・補償することが可能になり、伝送可能な情報量と伝送距離が飛躍的に向上しています。現在、実用化されている1チャネル当り100 Gbit/s級の光信号は、32 Gbaudの4値のQPSK(Quadrature Phase Shift Keying)信号を偏波多重することによって実現されています。また、400 Gbit/s級の光信号は、32 Gbaudの16QAM(Quadrature Amplitude Modulation)*1偏波多重信号を2キャリア(波長)束ねて1つの伝送チャネルとすることで実現されています。さらに、光信号を高速化するためには次の3つの方向性が考えられます。

    ボーレートの高速化

    ボーレート(光パルスの速度)を高速化していけば、それに比例して1波長当りの伝送速度は向上します。同じ多値度の信号であれば、ボーレートを高速化しても過剰な受信感度劣化はありませんが、高速なボーレート信号を送受信するためには、それに対応した高速なDAC(Digital-to-Analog Converter)、ADC(Analog-to-Digital Converter)や変調器ドライバのような電気デバイス、光変調器、BPD(Balanced Photo Detector)等の光デバイスが必要になります。また、周波数領域では、ボーレートに比例して光信号が占める帯域が広がり、波長多重可能な信号の数が制限されてしまうので、後述する高次多値化と併用しないと伝送システム全体の容量は増加しません。

    高次多値化

    信号伝送に用いる光振幅のレベルと位相の数を増やすことによって、1つの光パルスで伝送可能なビット数を向上させることができます。ボーレートが同じ場合、多値数に応じて伝送速度が対数的に向上しますが*2、多値数が向上するにつれて、DAC/ADCの分解能や線形性などデバイスへの要求条件が高くなり、所要の信号対雑音比(SNR: Signal-to-Noise Ratio)も上昇するため伝送可能な距離が短くなったり、信号歪みに対する耐力も低下します。現在は、正方形の信号点配置を持つQAMが用いられていますが、信号点配置を工夫することによって、所要のSNRを改善することが可能です。

    マルチキャリア化

    1つのチャネルを複数の波長(キャリア)の光信号で構成することで、1チャネル当りの容量をキャリア数に比例して向上させることができます。光ネットワークにおいて論理的な高速チャネルを構成するのに有効な手法であり、例えば、実用化されている1波長当り200 Gbit/sの光信号を5波長束ねて1チャネルとすることで1Tbit/sのチャネル速度を実現することができます。しかしながら、必要な送受信機の数が増えてしまうため、上述のボーレートの向上や多値化によって、1波長当りの伝送速度を向上させながら、伝送性能や経済性を考慮してマルチキャリア技術を適用する必要があります。
    以上から、1チャネル当り1Tbit/sを超えるような超高速光伝送の実現には、ボーレートと多値度の向上が重要であり、高速なデバイスの開発を進めながら、デバイスの要求条件を緩和するようなデジタル信号処理技術や高感度な信号フォーマットが必要になります。

    1. *1QAM:信号電界の振幅と位相を複数の信号レベルで変調することで多値符号を伝送する高効率デジタル変調方式。
    2. *2対数的な向上:例えば、4(=22)値から16(=24)値に多値度を増やすと伝送速度は2倍になりますが、16値から64(=26)値に増やしても1.5倍にしかなりません。
    図1 光信号の高速化を実現する3つの軸
    図1 光信号の高速化を実現する3つの軸
    図1 デジタルコヒーレント送受信機の概要
    図2 デジタルコヒーレント送受信機の概要

    デバイス性能を最大に引き出すデジタル較正技術と高感度化技術

    高速信号を送受信するときに、電気デバイスや光デバイスの帯域が、各々要求条件を満たしていても信号が劣化する場合があります。例えば、図2に示すようにデジタルコヒーレント方式の送信機では、DACは4つ、IQ変調器は各偏波成分用に2つ必要です。受信側では、BPD、ADCそれぞれ4つが含まれています。…

    ■参考文献

    1. (1)宮本・佐野・吉田・坂野:“超大容量デジタルコヒーレント光伝送技術、”NTT技術ジャーナル、Vol.23, No.3, pp.13-18, 2011。
    2. (2)木坂・富澤・宮本:“Beyond 100G光トランスポート用デジタル信号処理回路(DSP)、”NTT技術ジャーナル、Vol.28, No.7, pp.10-14, 2016。

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