光ファイバ環境モニタリング
光センシング技術で通信設備を広大かつ面的な神経網に変える

技術背景・課題
電気、ガス、水道、道路などの社会インフラ事業者は、設備の老朽化に対して維持管理費用の不足や労働人口の減少、激甚化する自然災害への対応などの社会的課題に直面しており、通信事業者も同様の課題を抱えています。このような中でデータやプラットフォーム等を事業者間で共有してこれまでのインフラ維持管理を抜本的に変革しようとするデジタル化の取り組みが加速しています。IOWNの構成要素の一つであるデジタルツインコンピューティングでも実世界と仮想空間を融合した基盤を活用してスマートな社会を実現することを目指しており、社会インフラのように屋外環境に膨大な数で面的に広がる対象に対するセンシング技術が非常に重要な役割を担うと考えられます。
NTTでは、1980年代頃から主に通信用光ケーブルの監視向けにDFOS技術の研究開発・導入を進め、技術を蓄積してきました。当時は、光損失、定常的な歪や温度変化のような静的な現象しか検知できなかったのですが、近年の光・電気デバイスの低廉化やデータ処理速度の向上、機械学習/AIの進展などにより、動的で時間変化のあるごく僅かな歪、つまり音響や振動も捉えることができるようになってきました。これが分布振動(音響)センシング(DAS: Distributed Acoustic Sensing)です。DASの原理は光ファイバの各地点からの微弱な散乱光の位相レベルの変化を高速に信号処理する方法が一般的であり、サブnε(単位εは伸縮率であり、nεは1mの光ファイバが1nm伸縮することを意味します)というごく僅かな振動を光ファイバに沿って長距離に分布的に計測できる技術です。
しかしながら、通信設備は海底や地下のとう道や管路、マンホール、架空における電柱など様々な設備環境があり、例えばマンホール内の静かな環境の光ケーブルと電柱上の風圧を受ける光ケーブルでは約1万~10万倍も常時光ファイバに加わる振動の大きさは異なります。また、設備環境による振動の伝わりやすさをカップリングと言いますが、様々な振動源に対してカップリングの異なる状況にも対応できるような高精度なDASが必要になります。また本来、通信設備は光ファイバを保護し、過度な歪や光損失が加わらないように設計・施工されるものであり、センシング用に最適化されたものではありません。そのため、通信設備のカップリング性能そのままを用いてどのようなユースケースが実現可能かを実際に見極めていく必要があります。
技術の概要・特徴・内容

光ファイバ環境モニタリングの実現に向け、我々は将来的に通信ビルに設置し、既存の通信設備や敷設済み光ファイバを活用することを想定した高精度DASの研究を進めるとともに、通信設備から得られる振動データの解析およびその活用例として、具体的ユースケースの実証を進めています。
技術目標・成果・効果
高精度DASの研究開発
DASの方式は複数ありますが、光パルスを入射し、時間領域で散乱光を受光するタイミングと光ファイバ上の位置を対応づける方式が一般的です。光ファイバに振動が与えられると光ファイバ内の散乱体の位置が変化するため、発生する散乱光は受光タイミングが変化します。このタイミング変化は通常非常に小さいが、光の位相変化としてなら観測可能です。実際は複数の散乱体からの散乱光同士が互いにランダムに干渉し合うため、ある確率で散乱光強度が非常に小さくなることが避けられず、その位置で位相変化が観測できない、つまりある地点で振動が検出できない区間が発生します。この問題はDASの測定性能限界の一つと考えられていました。
この問題に対し、NTTでは周波数多重光パルスを用いた独自の測定方法を提案しています。周波数が変化すれば干渉結果を各地点で変化させることができる一方で、振動による位相変化はどの周波数を用いてもほぼ同じと見なせるという性質に着目し、周波数多重による複数の干渉パターンを用いた独自の信号処理手法を用いることでこの問題を大幅に抑制することに成功しました(図2)。特に、振動が大きい場合の波形再現性も同時に高めることができることを確認しました。このような高精度な振動計測は、様々な通信設備のカップリング性能に対応するだけでなく、色々なユースケースにおいてデータ解析やその判定結果を向上することが期待されており、今後は、この独自の信号処理手法を搭載した高精度DASの製品化を近いうちに実現し、将来的には通信ビルへの設置を含めた商用展開を目指しています。

通信設備を用いたユースケース実証
実際に通信設備に振動を与える振動源としては、車や列車の交通振動や建設機械の工事振動など人工的なものから風雨や地震による自然現象による振動など様々です。ここでは我々がユースケース実証に取り組んでいる複数事例のうち一部をご紹介します。
(1)道路掘削工事検知
通信、電気、ガス等の地下インフラが埋設されている可能性のある場所の掘削工事では、インフラ事業者間の協議が義務付けられており、埋設調査や工事立会により保安措置が講じられます。しかしながら、無届工事によるインフラ損傷事故は増加傾向にあります。このため、各インフラ事業者には無届工事を低コストで監視したいというニーズがあります。そこで、我々は道路掘削工事の自動検知技術に取り組んでいます。この検知で課題となるのが、多様な建設機械への対応と誤検知率の低減です。一言に掘削工事と言っても開始時に用いられる建設機械は場合により、舗装切断に用いるロードカッター、舗装破砕やその除去に用いる斫り(はつり)やバックホウ等様々であり、屋外の生活環境には例えばポンプやファン等の類似の機械振動の伝搬も多く存在しています(図3)。我々は高精度DASによるセンシング技術と多くのフィールド検証から得られた実際のデータを基に特徴解析や機械学習を用い、通信設備から一定の範囲における掘削工事の高い検知率を維持しながら誤検知要因を可能な限り除去した自動検知技術の確立を進めています。今後は、他のインフラ事業者様との連携による様々な工事データの蓄積やリアルタイム検知性能等の実装を進め、将来的に社会インフラの安全安心に資する監視サービスの実現を目指しています。

(2)豪雪地域の道路除雪判断支援
豪雪地域における道路除雪判断は通常、人が巡回してパトロールを行い、各路線で除雪の必要性を毎日目視しており、限られた除雪予算の中でどの道路を優先的に除雪するかの判断を日々行っています。このため、各自治体も人手不足の中で巡回作業を遠隔化したいというニーズがあります。そこで我々は、既に都市における交通流解析として実例のある交通振動を応用した除雪要否判定支援技術に取り組んでいます(図4)。地下光ケーブルが受ける振動の測定波形において、移動する振動軌跡から車両速度と、同時に路面から受ける周波数応答も解析することで、車両通行のしやすさや路面状態との相関関係を利用した機械学習モデルを構築し、このモデルを用いて除雪要否のクラス分けを行います。実際に豪雪地域で行ったフィールド検証では、実際に現地調査員による目視結果と約9割以上の一致を示しており、その有効性が確認されています。同様の課題には、監視カメラ等を用いた有効な解決手段も存在しますが、機器の耐環境対策やプライバシーの問題等も存在します。これらの解決手段は本技術と決して競合するものではなく、互いに補完関係にあると考えています。将来的にはこのような「点」のデータとDASの「線」のデータを連携させ、データ取得から判定までを自動化したシステム実装を目指し、豪雪地域の課題解決に貢献していきたいと考えています。

想定される適用分野・PoC
これまでに紹介したユースケースの他に、道路や橋梁などの社会インフラの点検、劣化診断などスマートインフラ分野、街における人流や交通流分析等のスマートシティ分野、地震、気象や地盤調査などの地球科学・防災分野への応用など幅広い活用が期待されており、各分野における様々なパートナーと連携・共創を進めています。
今後の展望
光ファイバ環境モニタリングにより得られるデータは、各光ファイバ上に仮想的に並ぶ無数の点センサからの情報を一度に取得することと等しく、大容量のデータの扱いが必要不可欠です。現状は、ネットワークの転送速度や遅延、データ処理能力などの制限により、センシング機器側にてエッジ処理を行い、データ転送量を削減する営みがなされています。将来、IOWNにおけるAPNによる大容量・低遅延のネットワーク転送やDTCによるネットワーク上のコンピューティングリソースの活用が実現すれば、遠隔での高度なデータ処理や分析が可能になるだけでなく、低消費電力化やセンシング機器の経済化も革新的に進むことが期待されます。そうした将来に向けてセンシング技術やデータ解析技術の高度化とともに社会に貢献するユースケースを拡大し、研究開発を進めていきます。