マルチ無線プロアクティブ制御技術(Cradio®)
無線ネットワークを意識させないナチュラルな通信環境の創造

技術背景・課題
近年、無線通信領域では、スマートフォンの通信量の増加傾向が続き、また、IoT(Internet of Things)の発展によりさまざまなモノが接続されるなど、無線通信の果たす役割の重要性はあらゆる場面で格段に高まっています。NTTが提唱するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想における、ユーザにネットワークの存在を意識させないナチュラルな通信環境の創造のためには、常に繋がり続ける無線アクセスの実現が不可欠です。通信量の増加に併せて、従来のスマートフォンを用いた通信だけでなく、自動運転車やドローンの遠隔制御、超高精細映像のやり取りなど、無線端末や利用形態のさらなる多様化が予想されます。多様な利用形態に応じて無線通信品質に対する要件もさまざまとなるため、それらへの対応も必要です。NTT では時々刻々と変化するさまざまなユーザの要求と電波状況に応じて常に最適な通信環境を提供し続けることをめざし、マルチ無線プロアクティブ制御技術Cradioの研究開発を進めています。
技術の概要・特徴・内容
Cradioでは、無線通信環境に関する把握・予測・制御の3技術を連動させることにより、さまざまな無線ネットワークが環境変化や通信状況の変化に追従、または事前適応することを可能にします。 Cradioでは、無線アクセスシステムから得られる無線に関する情報だけではなく、地図データや建築物情報等デジタル空間基盤等の外部サービス、社会システムや外部データベースと連携することで得られるあらゆる情報を駆使して、無線アクセスシステムのポテンシャルを最大限引き出します。また、これにより、既存の業務システムとのシームレスな連携による価値向上も可能になります(図1)。

Cradioは、研究段階の要素技術検討・評価と並行して、ビジネス活用を見据えたステップ開発を進めています。現時点で、Cradioのビジネス活用には、下記の特徴および差別化ポイントがあり、各社での活用が始まっています。
- ● 複数の無線を組み合わせた最適設計
- Wi-Fi、ローカル5G、セルラー、ミリ波無線、LPWA、IoT無線など、さまざまな無線方式を統合した無線エリア置局設計が可能です。
- ● 多様な次元の最適設計
- エリアカバレッジ、スループット、コスト、特定エリアのプレミア化など、複数の要素を考慮した設計が可能です。
- ● 場所ごとの特性を加味した精緻な無線品質予測
- 品質予測結果を用いて複数の無線を効率的に利用し、自動運転やロボット制御などの用途に対応します。
- ● リアルタイムでの環境変化の把握
- 管理外の無線の干渉も把握し、考慮した最適設計を行います。また、環境変化に即したトラブル検知を行い、オンサイト派遣前に問題を解決します。
- ● 簡易な機能追加
- 「環境変化を把握し先読み予測して再設計」をワンストップで提供します。また、無線機器以外の他サービスとも接続が可能です。
技術目標・成果・効果
Cradioは、無線システムのポテンシャルを最大限引き出し、常に快適なネットワークアクセスを提供することを目標とした技術郡です。各技術要素について説明します。
把握技術は、無線通信システムから取得可能な無線情報を高度に解析することで、各々エンドユーザ側の無線品質や環境の状態(混み具合、端末ごとの利用状況、干渉状況)まで把握する技術です。複数無線規格に対応し(Wi-Fi、ローカル5G、セルラー)、マルチ無線環境の状況把握、品質劣化検知が可能です。また、収集したデータは自動的にCradioサーバに送信されますが、端末側で統計処理した結果のみを送付することでデータ量を削減する工夫を行うとともに、無線品質を定期監視し、品質劣化を検知した際はユーザに通知することで障害発生前の対処を可能とするプロアクティブ保守を実現します。さらに、Cradioの新たなサービス展開に向けて、複数の場所・複数の無線規格を介して把握した無線情報の統計的特徴量から、端末の位置推定や電波環境に影響を与える構造物や周辺物体の変動を検出するといったデバイスレスセンシングを実現します。 (図2)

予測技術は、把握技術により得られた無線品質情報を基に、機械学習を活用して周辺環境や端末位置などにより時々刻々と変化する将来の無線通信品質を予測する技術です。例えば、把握技術で得られたごく少数の点の無線品質情報を元にエリア全体の無線品質を予測する空間的な予測や、Wi-Fiやセルラーなど無線通信システムの規格ごとに異なる無数の無線パラメータの関係を紐解くとともに機械学習モデルを適用することで、様々な無線通信システムにおいて端末の移動先における無線品質を予測する時系列予測を実現しています。これにより無線通信の品質劣化を未然に検知し、より良い品質の無線システムに接続を切り替えたり、送信する映像の伝送レートを事前に調整するなど、端末やアプリケーションのプロアクティブな制御が可能となります。 (図3)

制御技術は、把握技術や予測技術に基づいて、ネットワーク設計や運用要件に従う無線アクセスネットワークの動的設計や制御を行う技術です。例えば、設置予定の基地局種別やアンテナ特性を考慮した電波伝搬推定を行い、その結果から予測される通信環境変化に基づいて、方式の異なる複数の無線システムの基地局、中継局、分散アンテナなどを最適に組合せた上で、電波干渉の影響も抑えた複合無線カバレッジを動的設計します。動的設計の指針として、設備コストや敷設コストを抑えつつ要求品質に応えるなど、複合的な問題の最適解を高速に導出することで、環境変化に追従した常に繋がり続ける無線アクセスを実現します。また、把握技術や無線装置を介して収集した無線エリア品質情報に基づいて、無線機器の運用パラメータや無線エリアを制御して無線リソースやエリアカバレッジの最適化を行うことで、繋がり続ける無線アクセスの効率的な運用を実現します。(図4)

想定される適用分野・PoC
2024年度には、Cradioに関連して下記の実証が発表されました。
実証1: 設計情報から建物の高精度無線環境予測に成功
~3次元建物モデルと無線電波伝搬シミュレーション(Cradio)技術を活用した共同トライアル実施について~(https://www.ntt-west.co.jp/news/2404/240424a.html)
NTT西日本と竹中工務店は、Cradioと3次元建物モデル(BIMデータ)を活用し、建物完成後の無線環境を正確かつ効率的に推定する共同トライアルを実施しました。このトライアルでは、BIMデータを利用することで現地での計測作業を省略し、室内の無線環境を正確に予測できることが確認されました。結果として、無線基地局設置位置の設計時間が30%短縮され、コスト削減効果も確認されました。さらに、電波伝搬シミュレーション結果をヒートマップとして可視化することで、設計段階での無線環境の視覚的な確認が可能となり、建設業界における無線環境の設計効率が大幅に向上しました。
実証2:よこはま動物園ズーラシア付近で先端通信技術と路車協調システムを用いたバスの自動運転に関する実証実験を開始~無線通信の最適化で混雑エリアでも安全な自動運転をめざす~(https://www.ntt.com/about-us/press-releases/news/article/2024/0930_2.html?msockid=14323308e41964df14fb20dae5636534)
NTTコミュニケーションズ株式会社を代表機関としたコンソーシアム9社は横浜市と共同で自動運転バスの走行に関する実証実験を2024年9月30日から2024年10月8日まで実施しました。本実証では最先端の通信技術と、路車協調システムを活用することで混雑エリアにおいても安全に自動運転が実現可能かを検証するものです。自動車などの移動を伴う通信でCradioを用いて複数の無線通信品質の劣化を予測し、未然に切り替える取り組みです。
実証3:岐阜県揖斐川町にて林業の就業環境改善に向けた実証実験を実施~新たな通信技術やICTツールの導入により山間部作業における安全性・安心感の向上を実現~(https://www.ntt.com/about-us/area-info/article/20250221.html)
株式会社大垣共立銀行とNTTコミュニケーションズ株式会社らによって構成される実施団体は、総務省が公募した「令和6年度 地域デジタル基盤活用推進事業」において、林業の就業環境改善を目的とする新たな通信技術やコミュニケーションアプリなどを活用したソリューションの実用化に向け、岐阜県揖斐川町にて効果検証のための実証実験を行いました。Starlinkやモバイル回線、Wi-Fi HaLowを活用して、携帯電話の電波不感地帯となる山奥の作業現場において通信環境を確保するための無線ネットワークを構築する際にCradioを活用し、地形データや周囲の無線電波状況をもとに最適なネットワーク機器の配置場所を自動で導出することで、無線ネットワーク設計・構築の効率化を達成しました。
上記のように、産業・建築現場などの変化の大きい環境でのデジタルトランスフォーメーションや、自動運転など広域エリアで複数の無線システムを活用するようなシーンで、Cradioの技術はより重要性を増すと考えています。
今後の展望
Cradioは今後、自動運転などの先進ユースケースの実証に注力しつつ、IOWN/6G時代の要件の異なるユースケースが混在する中でのエンド・ツー・エンドの品質確保に向け、端末やサービス毎の無線リソースの制御や無線品質把握・無線環境把握・予測技術の高度化を推進します。また、Cradio以外のシステムと連携を強化することにより、大容量・低遅延・高信頼など様々なサービス要件を満たすネットワークサービスを実現します。