核融合発電実現に向けたプラズマ未来予測技術
AIを活用した予測技術による核融合炉の安定制御の実現

技術背景・課題
核融合(フュージョン)反応は、水素のような軽い原子核同士が融合してヘリウムなどのより重い原子核になる反応です。核融合反応前後の原子核の質量差により非常に大きなエネルギー(1グラムの燃料から石油約8トンを燃焼した時と同等の熱量)が発生します。太陽では、核融合反応によって巨大なエネルギーが生成されており、これを地上で実現しようとしているのが核融合発電です。しかし、高密度の太陽中心で起きている現象を地上で実現するためには、工夫が必要になります。まず、燃料を原子核と電子がバラバラに運動する状態(プラズマ状態)にして、さらに数億度の高温にし、原子核同士の融合反応確率を上げる必要があります。また、核融合反応を起こしやすい原子核(水素の同位体である重水素と三重水素)を融合させることが想定されています。重水素は海水中に含まれており、三重水素は海水中に含まれるリチウムから取り出すことができるため、燃料は無尽蔵であると言われています。さらに、プラズマを高温にして核融合反応を繰り返すためには、プラズマを一定空間に閉じ込める必要があります。プラズマを閉じ込める方式としてトカマク※1と呼ばれる方式が代表的です。トカマク方式では、強力な磁場でプラズマをドーナツ状に閉じ込めます。しかし、高温になればなるほどプラズマが自ら不安定になってしまう特性があるため、プラズマを長時間維持することが困難になります。核融合プラズマの長時間維持を実現するには、核融合の専門的知見と実験データが必要になります。そこで、NTTはイーター※2機構と包括連携協定を、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)と連携協定を締結し、研究開発を推進しています。この取り組みの中で、IOWN構想をはじめとする先進的な技術やAIを活用し、プラズマの安定化に向けた高速制御を実現する核融合炉の最適オペレーション技術の確立をめざしています。
高温のプラズマ中では、原子核や電子が超高速で運動していため、瞬時にプラズマが不安定になる現象があり、制御が間に合わない可能性があります。そこで、プラズマの状態変化を未来予測し、前もって制御をかけることで、プラズマの安定制御に寄与する研究をしています(図1)。現在は、QSTと共同で、世界最大のトカマク型超伝導プラズマ実験装置JT-60SA※3の安定制御を目的に、最適化問題を得意とするAI技術を利用し、制御に必要となるプラズマ閉じ込め磁場を、計測信号から高精度かつリアルタイムで予測する手法の確立に取り組んでいます。

※1 | トカマク:高温プラズマを磁場により閉じ込める方式の一つ。外部コイルによって作られる主たる磁場である周方向のトロイダル磁場と、プラズマ中に周方向の電流を流すことにより作られる径方向のポロイダル磁場を組み合わせ、高温プラズマを閉じ込めます。イーター※2もトカマク型の装置です。 |
※2 | イーター:イーターは、日本、欧州、ロシア、米国、中国、韓国、インドの7極の国際協力の下、その建設・運転を通じてフュージョンエネルギーの科学的・技術的実現可能性を実証する大型核融合実験炉です。加熱システムによる入力エネルギーの10倍以上のフュージョンエネルギーを得ることが目標です。現在、サイトがあるフランスのサン・ポール・レ・デュランスにおいて、プロジェクト実施のための国際機関であるイーター機構を中心に運転開始に向けた建屋の建設や機器の組立が行われるとともに、各極において担当する様々なイーター構成機器の製作が進められています。 |
※3 | JT-60SA(JT-60 Super Advanced):幅広いアプローチ(BA)活動として日欧共同で実施するサテライト・トカマク計画と我が国で検討を進めてきたトカマク国内重点化装置計画の合同計画として、茨城県那珂市のQST施設に建設された、現時点では世界最大のトカマク型超伝導プラズマ実験装置となります。その目的は、イーターの技術目標達成のための支援研究、原型炉に向けたイーターの補完研究、人材育成です。JT-60SAは、約-269℃(絶対温度約4K)に冷却された強力な超伝導コイルを使用して1億℃にも達するプラズマを閉じ込めます。 |
技術の概要・特徴・内容
プラズマ閉じ込め磁場予測技術
従来、磁気センサ信号からプラズマ閉じ込め磁場を高精度で計算するには、物理法則に基づく方程式を段階的に解いており、高い計算コストが課題でした。そこで、AI技術を活用して1回の計算で瞬時に磁場を予測する手法の開発を進めてきましたが、単純なAIモデルでは時々刻々と変化するプラズマに対して精度が出ませんでした。そこで、逐次変化する状況に応じて最適なAIモデルを重み付けして統合する手法である混合専門家モデル(MoE)※4を適用し、精度向上に成功しました。QSTと共同で確立した予測技術を世界最大のトカマク型実験装置であるJT-60SAへの適用を試みたことで、実際の制御で必要となる精度でプラズマの位置や形状の再現に成功しました。
※4 | 混合専門家モデル(Mixture of Experts; MoE):機械学習において特定の問題に対して最適な解を提供するために、複数の専門家(Expert)モデルを組み合わせて推論するアプローチです。入力データに応じて、それぞれの専門家モデルの出力を重み付けすることで、状況に応じてAIモデルの予測を統合して最適化を行い、1つのモデルよりも高い性能を発揮できる特徴があります。 |
技術目標・成果・効果
プラズマ閉じ込め磁場の制御の流れを図2(左図①から③)で説明します。①まずは、真空容器に取り付けられた計測器の信号から、物理法則に基づく仮定を活用し、真空容器内に広がるプラズマ全体に対する閉じ込め磁場強度の空間的な分布を求めます(再構築)。②次に、その再構築結果と目標値とのズレを計算します。③そして、修正に必要な磁場を生成するためのコイル電流値を計算し、コイル電源へ指令します。従来のプラズマ閉じ込め磁場の再構築手法※5では、物理法則に従った計算量の大きな複雑な方程式を解く操作を段階的に行わなくてはならないことが課題でした。そこでNTTとQSTは、AI技術を活用し、計測信号の情報から物理法則の仮定に基づいた段階的な計算を行わずに、1回の計算で閉じ込め磁場を予測できる手法の開発を進めてきました。しかし、単一のAIモデルでは、プラズマが時々刻々と変化する過渡的な状態に対するプラズマ閉じ込め磁場の予測において、要求精度を満たすことができませんでした。
そこでMoEというAIモデルでプラズマ閉じ込め磁場を柔軟に評価する手法を開発しました。MoEでは、状態把握・指令制御AIが複数存在する状態AIモデルに対し、適切に重み付けを行いながら、逐次変化するプラズマの状況に応じて最適化します(図2(右図))。本手法をJT-60SAでの実際のプラズマ閉じ込め磁場で評価した結果、プラズマの制御に必要となるプラズマ位置形状の精度(~1 cm、世界最大のプラズマの半径に対して約1%となる世界一の高精度)を、複雑な計算を実施することなく、AIで再現することに世界で初めて成功しました。図3(左図)において、従来の再構築手法で高精度に算出したプラズマ位置形状(灰色)と今回のMoEで算出したプラズマ位置形状(赤色)が合致しているのが示すように、MoEによってプラズマ位置形状を高精度で予測できていることがわかります。特に、プラズマ中に流れる電流が定常ではなく変動しているような状況下において、単一のAIモデルでは図4(左図)に示すように、プラズマ閉じ込め磁場の再構築精度は低下してしまいます。一方でMoEでは、状態把握・指令制御AIが状態AIモデルに適切に重み付け処理を行うことで、このような過渡的な状況においても、図4(右図)に示すように、精度よくプラズマ閉じ込め磁場を評価することができました。
また、従来の手法では、プラズマ境界部の位置形状の制御までが原理的に可能でしたが、本手法によってプラズマの不安定性を回避するために重要となるプラズマ内部の電流や圧力の分布までリアルタイムに制御できる見通しを得ました。



※5 | 従来の再構築手法:プラズマ外部に設置された計測器信号とコイル電流から、プラズマ断面形状を推定する数学的手法でコーシー条件面法と呼ばれています。プラズマ電流と同じ役割を担う仮想面をプラズマ内部に置き、その仮想面が計測器位置に作る磁場情報と計測値が一致するような仮想面の磁場情報(コーシー条件)を求めることで、プラズマ位置形状を高い精度で推定することができる特徴があります。一方で、原理的にこの手法ではプラズマ内部の情報(磁場分布、電流分布、圧力分布など)までを推定することはできません。 |
想定される適用分野・PoC
- トカマク型超伝導プラズマ実験装置JT-60SAにて高温プラズマの状態を予測・制御
- 核融合実験炉イーター※2において核燃焼プラズマの状態を予測・制御