オールフォトニクス・ネットワーク(APN)を支えるノードデバイスのマルチバンド化技術
複数バンド対応のCDC-ROADMで柔軟性を維持してネットワークを大容量化

技術背景・課題
IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)を構成する3つの技術分野の1つであるオールフォトニクス・ネットワーク(APN)は、フォトニクス技術を活用し、現在のエレクトロニクス技術では実現困難な、情報処理基盤のポテンシャルの大幅な向上を達成しようというものです。APNでは、伝送容量を125倍にすること、ネットワークから端末のエンド・ツー・エンドで最大限光技術を導入することを目標に掲げています。大容量の光伝送には、空間多重技術などのまだ実用化されていない技術の適用に加えて、現在、光ネットワークに適用されている波長分割多重技術の拡大も重要です。すなわち、光ファイバ通信に用いる波長帯域を拡大することで大容量化を図ります。また、波長分割多重方式における波長帯域の拡大は、エンド・ツー・エンドでの光技術適用にも有効です。エンド・ツー・エンドで光技術を適用するには、開通可能な光パス数を増やす必要があります。この場合にも、波長分割多重技術における波長帯域の拡大は重要な課題の1つであるといえます。
技術の概要・特徴・内容
NTTデバイスイノベーションセンタが世界に先駆けて実用化に成功したマルチキャストスイッチは、光ネットワークにおいて光送受信器をもっとも効率的に活用できるノード構成を実現するためのキーデバイスです。
近年の光伝送技術のトレンドである光信号の高ボーレート化は、光ネットワークで利用可能な波長チャネル数を減少させるため、この影響を緩和するためにも使用する波長帯域を広げ、C・Lバンドの両方の波長帯を活用する「マルチバンド化」が効果的ですので、マルチキャストスイッチをマルチバンド対応化する技術開発を進めています。
技術目標・成果・効果
光ネットワークにおいては、光を光のままルーティングするために光スイッチが重要です。これまでに光スイッチを用いた光ネットワークとして、各ノードにおいて光信号の分岐・挿入を可能とするROADM (Reconfigurable Optical Add/Drop Multiplexing)システムが導入されてきました。複数のリング間で電気再生中継を介さない光信号の転送を実現することで、ネットワークを柔軟に再構築することができ、運用やメンテナンスのコストの低減が可能です。近年は、図1に示すように従来の単一リングネットワークから、より経済的なマルチリングネットワークへの拡張も進められています。図2に示すCDC-ROADM(Colorless、Directionless、Contentionless - Reconfigurable Optical Add/Drop Multiplexing)と呼ばれる光ノード構成は、マルチリングやメッシュネットワークなどの多方路のネットワークにおいて効率的なデータ通信を行うための方式であり、通信資源の効率的な運用に有効であるのみならず、激甚災害時の光伝送路断などの際の迅速な復旧にも寄与が期待されます。


また、最近の光伝送技術のトレンドとして光信号のボーレートに関する議論があります。高ボーレート化は大容量信号を長距離伝送するのに好適です。これは、同じビットレートの信号を送受信する際に、高いボーレートを用いると信号の多値度を低減でき、信号対雑音比耐性を改善する効果が見込めるためです。しかし、高ボーレートの信号は広い周波数帯域幅を占有するため、ROADMシステムにおいては利用可能な波長数を減少させるという課題を引き起こします。図3に示すように、例えば、100Gbit/sの信号は32GHz程度の占有帯域であり、現在用いられているCバンド(1530〜1565nm)もしくはLバンド(1565〜1625nm)の波長帯域において、それぞれ90波程度の波長チャネルの配置が可能であるのに対して、64GHz程度の占有帯域を持つ500Gbit/s級の信号や、130GHz程度の占有帯域を持つ1Tbit/s級の信号では、それぞれ60波、もしくは30波程度の波長チャネルのみが配置可能です。この波長チャネル数の減少を緩和するには、使用する波長帯域を広げてC、Lバンドの両方の波長帯を活用する「マルチバンド化」が効果的です。

CDC-ROADMは、システムに設置された光送受信器をもっとも効率的に活用できる方式の光ネットワークノード構成です。光ノードは他の方路に存在する光ノードとの通信をつかさどる必要がありますが、CDC-ROADMノードでは、もっとも少ない制限で自ノードに設置された光送受信器を任意の方路との通信に使うことができ、通信リソースの有効活用に効果的です。図2(a)は典型的なCDC-ROADMの構成です。CDC-ROADMは光クロスコネクト部と光送受信器集約部の2つから構成されます。光クロスコネクト部は、異なる方路からの信号をそのまま他の方路にパスするか(例えば、WestからEastなど)、自ノードとの通信に使うかを切り替えます。光送受信器集約部は、自ノードで扱う光信号について光クロスコネクト部と光送受信器の接続を制御します。CDC-ROADMでは光送受信器集約部がポイントです。従来のROADMシステムでは、光送受信器はある特定の方路との通信にしか使えない(Directioned)、もしくは同じ波長の光送受信器は1台しか扱えないか(Contensioned)という制約を有していました。CDC-ROADMは、マルチキャストスイッチと呼ばれる「光を光のままスイッチするデバイス」を用いることで、その方路の波長がすでに使われていない限り、任意の光送受信器を任意の方路との通信に使うことができる自由度の高い光ノード構成です。マルチキャストスイッチはNTTデバイスイノベーションセンタが世界に先駆けて実用化に成功したデバイスです。
光伝送のマルチバンド化に伴って、これまではCもしくはLの単一のバンド構成されていたCDC-ROADMもマルチバンド化する必要があります。従来のCもしくはLバンドのみで動作する光スイッチデバイスを用いてCDC-ROADMを構成する場合は、図2(b)に示すような複雑な構成になってしまいます。光送受信器集約部、光クロスコネクト部ともにCバンド用、Lバンド用を用意し、それぞれが扱う光信号をC/Lバンド合分波器で合波・分波して伝送ファイバとやり取りする必要があり、装置やデバイスの数は従来の単一バンドの場合に比べて倍増します。加えて、バンドを意識しての光送受信器の設置など、運用においても複雑性を増す可能性があります。これに対して開発したC+Lバンドに動作波長帯域を拡大したマルチキャストスイッチを用いることで、図2(c)に示すような簡単な構成のCDC-ROADMノードが実現されます。Cバンド、Lバンドの光送受信器の設置時には、そのバンドを意識することなくC+Lバンド光送受信器集約部に接続すればよく、作業時のミス等の低減にも寄与すると考えられます。
ところで、光送受信器集約部を構成するマルチキャストスイッチは、その構成上原理的に損失を有します。図4(a)は、M方路×N光送受信器を収容する典型的なマルチキャストスイッチデバイスの回路トポロジであり、自ノードで光信号を受信するドロップ側の例です。併せて図4(b)に、作製したC+Lバンドのマルチキャストスイッチの光回路チップの外観を示します。図4(a)に示されるとおり、マルチキャストスイッチは、入力された信号をN分岐するスプリッタが内包されます。これは、原理的な損失要因であり避けることはできません。したがって、分岐数を可能な限り低減することが光伝送特性上好ましいですが、一方で分岐数を減らすと、達成可能なアドドロップ率(ノードの対応する最大信号数と、収容可能な光送受信機数の比率)も減少するという課題があります。

しかし、高ボーレート伝送を扱う場合は、分岐数を減らしたとしても、従来と同程度のアドドロップ率を保てることが分かります。すなわち、130Gbaudなどの高ボーレートのシステムでは、前述のとおりバンドに配置可能な波長の数も減少します。そのため、分岐数の減少によるアドドロップ率の低下は、従来の32Gbaudのシステムと比較して同程度に保つことが可能です。表は、従来の32Gbaud信号の単一バンドCDC-ROADMと130Gbaud信号のC+LバンドCDC-ROADMにおけるアドドロップ率をまとめたものです。前者ではチャネル間隔を50GHz、Cバンドで96信号を使用し、後者ではチャネル間隔を150GHz、CバンドとLバンドの合計で64信号を使用すると仮定しています。また、アドドロップ率は光クロスコネクト部の波長選択スイッチの規模にも依存しますが、本稿では、従来の単一バンドCDC-ROADMでは、開発された当時に利用可能であった1×20WSS(Wavelength Selective Switch)を使用するものとし、C+LバンドCDC-ROADMでは、現在実用化されている1×32WSSを使用するものとしています。表から分かるように、従来の単一バンドCDC-ROADMで標準的な構成である8方路ポート、16光送受信器ポートのマルチキャストスイッチを用いたシステムでは約27%のアドドロップ率であるのに対し、8光送受信器ポートのマルチキャストスイッチで130Gbaud信号を用いたC+LバンドCDC-ROADMでも26%のアドドロップ率が得られることが分かります。したがって、マルチキャストスイッチの分岐数は現在主流の16から8に半減させても、従来と同等の運用性を確保できるといえます。

想定される適用分野・PoC
C+Lバンドで動作する光送受信器収容部を持つCDC-ROADMの構成について、その可能性について説明しました。また、前述したC+Lバンドマルチキャストスイッチを用いたC+LバンドCDC-ROADMノードのフィージビリティ検証実験にも成功しています。
マルチバンド技術は大容量化のみならず、伝送チャネル数を拡大することでROADMシステムにおける自由度を高め、光ネットワークの高度化に寄与する技術であるといえます。現在NTTで研究開発を進めているAPNノード装置への適用により、伝送システムの大容量化と高度化への貢献が期待されます。
今後の展望
APNで実現を目指す超大容量の光ネットワークの実現に向けて、Sバンドなどのより広い波長帯域の活用や、空間多重技術の活用に対応し、伝送容量の飛躍的な拡大ならびに光伝送システムの高度化に向けて研究開発を進めていきます。