IOWNを支える技術解説

協調型インフラ基盤技術

自動運転遠隔監視などのミッションクリティカルなサービスの実現に求められる、高信頼な無線通信を実現する基盤技術

協調型インフラ基盤は、デバイス・ネットワーク・MEC (Multi-access Edge Computing)/クラウドに配備される各種機能の緊密な連携・協調により、変動の激しいネットワーク品質の予測および制御をリアルタイムに実現する技術です。ネットワーク品質の予測とそれに基づく複数ネットワークのアグリゲーション制御により、ネットワーク品質変動の大きなモバイルネットワーク等においても低遅延・高信頼な安定した通信を実現します。これにより、自動運転バスの遠隔管制等の、ミッションクリティカルな通信要件が求められるサービスの収容を実現します。

技術背景・課題

5G(第5世代移動通信システム)、6G(第6世代移動通信システム)等に代表される情報通信技術の進展に伴い、CPS(Cyber-Physical Systems)の実現が期待されています。

CPSはサイバー空間と物理空間の緊密な連携を特徴とするシステムです。物理空間の多種多様なデータを収集し、収集したデータをサイバー空間において分析し、その結果を基に物理空間に対して制御指示などの働きかけを行います。CPSサービスの例として、車両(乗用車、物流トラック、農機等)の自動運転やその遠隔監視、スマートシティ、スマートファクトリー等が挙げられます。少子高齢化による労働人口減少に対する省力化の手段として、あるいは収集・蓄積されるデータを基にした高度な分析による生産性・付加価値向上実現の手段として、CPSサービスの実現には大きな期待が寄せられています。

CPSの実現にあたっては、システムを構成する系全体で高い信頼性・リアルタイム性が求められます。CPSは物理空間への働きかけを伴うことから、システムのいずれかの箇所で遅延等が発生し制御が間に合わなかった場合、その影響がヒトやモノに直接及ぶ可能性があります。

CPSでは特に、外乱影響を受けやすいネットワーク部分の信頼性・リアルタイム性の確保が重要となります。例えば自動運転等のユースケースでは、広域を走行する車両とクラウドの間で制御に必要な情報をやりとりするため、モバイルネットワークの利用が想定されます。このとき、車両走行にともなう周囲環境の変化(遮蔽物や混雑区間の通過等)によりネットワーク品質の急激な変動が発生し、その結果、通信に支障が生じる可能性があります。

このようなネットワーク品質変動が大きな状況においても安定した情報伝送が可能な、高信頼な無線通信の実現が、CPSサービスの実現に向けての大きな課題となります。

上記の課題に対し、NTTネットワークサービスシステム研究所では、CPSサービスの社会実装促進に寄与する基盤技術として協調型インフラ基盤の技術開発に取り組んでいます。本稿では、協調型インフラ基盤の概要、およびCPSサービスのユースケースの1つであるレベル4自動運転(特定の運行条件下において、すべての運転操作を自動化)の遠隔監視を実現するための要素技術について紹介します。

技術の概要・特徴・内容

協調型インフラ基盤の全体構成を図1に示します。

協調型インフラ基盤はさまざまな研究所技術から構成される基盤です。物理空間(デバイス)・サイバー空間(MEC/クラウド)それぞれに予測・制御・情報流通に関する要素技術(後述)が分散配備され、それらが緊密に連携することでネットワーク品質変動に対してロバストな無線通信を実現します。

自動運転遠隔監視のユースケースでは、走行中の車両で取得した位置情報等を基にクラウド側で将来の走行位置におけるネットワーク品質を予測し、予測に基づきネットワークレイヤおよびアプリケーションレイヤの制御をリアルタイムに行うことで、ネットワーク品質劣化の影響を事前に回避した、安定した映像伝送を実現します。

図 1 協調型インフラ基盤全体構成

技術目標・成果・効果

協調型インフラ基盤は以下の要素技術から構成されます。

■マルチパス転送ゲートウェイ(MP転送GW)

MP転送GWはデバイス・クラウド間のユーザパケットおよび制御パケットの転送を担います(図2)。MP転送GWは任意のTCP(Transmission Control Protocol)・UDP(User Datagram Protocol)・その他の通信を、標準化中の最新技術であるMPQUIC(Multipath extension for QUIC)のStreamおよびDatagram frameを用いて透過的に転送します(ゲートウェイ機能)。更に、ネットワーク品質予測値を用いてパケット単位で利用ネットワークを選択する、研究所独自の高感度パケットスケジューラやQoS制御等のネットワーク制御機能を組み合わせることで、品質変動に応じた最適な複数ネットワークのアグリゲーション制御および再送制御を行います。これにより、ネットワーク品質が大きく変動する環境においても、低遅延なトラヒック転送を実現します。

図 2 MP転送GW概要

■Quality Index Map(QIM)

QIMはネットワーク品質の推定を行う技術です(図 3)。

品質が大きく変動しうる無線アクセス区間を含むネットワークにおいて安定した情報伝送を実現するには、情報伝送に影響を及ぼすネットワーク品質の著しい劣化を事前に検知し、劣化発生前に利用ネットワークを切り替える等の対処が必要となります。QIMは時間帯やエリアといった時空間軸のメッシュ単位でネットワーク品質特性(確率分布モデルとして表される品質指標)を保持し、これを基に特定の時刻・場所におけるネットワーク品質を推定することで品質劣化の事前検知を実現します。

QIMを含むプロアクティブ制御方式のイメージを図3に示します。QIMでは、ユーザトラヒック(本ユースケースの場合、車両からの映像)そのものの伝送時のネットワーク品質をパッシブに計測し、リアルタイムに品質指標を更新します。これにより、ネットワーク品質特性の変動に対応した、高精度なネットワーク品質推定を可能にします。

図 3 QIMによる予測・制御方式概要

■映像制御機能

映像制御機能は、ネットワーク品質に応じて映像エンコードパラメータを制御する機能です(図4)。リアルタイムに予測されるネットワーク品質および実測ネットワーク品質をもとに最適な送信ビットレートを算出し、エンコーダに対して映像送信ビットレートを指示します。

ネットワーク品質が大幅に劣化した状況においても、多少の映像品質劣化は許容しながらもネットワークの可用帯域を超えないよう映像トラヒックを送出することで、常に一定遅延以下での途絶のない映像伝送を実現します。

図 4 映像制御機能概要

■協調制御ゲートウェイ(協調制御GW)

協調制御GWはデバイス、クラウドそれぞれに配置される要素技術の収容と、デバイス-クラウド間の制御情報流通を担います(図6)。デバイス側での位置情報・ネットワーク品質実測値取得、②クラウド側への流通、③QIMへのネットワーク品質予測値問い合わせ、④デバイス側への予測値流通、⑤MP転送GW・映像制御へのネットワーク品質予測値の連携、といった、各種要素技術の緊密な連携・協調により、高度なネットワークおよび映像制御を実現します。

また、ユースケースや要件に応じて、要素技術の柔軟な追加・連携が可能な点も協調制御GWの特徴です。後述する自動運転実証実験においては、無線品質予測を行うCradio®と連携させることで、無線品質予測も考慮した制御を実現しています。

図 5 協調制御GWによる情報流通

■協調型インフラ基盤の効用

協調型インフラ基盤は、上記の要素技術を緊密に連携・協調動作させることで、ネットワーク品質予測に基づくプロアクティブなネットワークおよびアプリケーション制御を行います。これまで対応が困難であった、急激なネットワーク品質劣化が発生する状況においても、品質劣化およびその影響を未然に回避することで、映像遠隔監視に求められるリアルタイム・高信頼・低遅延な映像伝送を実現します。

■自動運転遠隔管制への適用

協調型インフラ基盤を自動運転遠隔管制に適用した実証実験について紹介します。

ドライバーレスなレベル4自動運転の実現を目指した路線バス自動運転実証実験(2024年1月22日~2月2日および2024年12月24日~2025年1月20日に神奈川県平塚市で実施)において、NTTドコモが提供する遠隔管制システムを利用した遠隔映像監視について検証を行いました。

映像遠隔監視では、自動運転中のバスの車内外映像を遠方の管制室に伝送します。監視者は自動運転中の車両側の状況を遠隔から監視することで、自動運転バスの安全な運行を確認します。

協調型インフラ基盤を利用しない場合、場所や時間帯等、状況によっては長時間の途絶が発生することもあります。一方、協調型インフラ基盤を利用した場合は、ネットワーク品質に基づくプロアクティブ・リアクティブな複数ネットワークアグリゲーション制御や映像制御により、長時間の途絶は発生せず、映像が安定的に伝送できていることが確認できました。

図 6 自動運転バス

想定される適用分野・PoC

協調型インフラ基盤技術による、無線による安定したデータ伝送の実現により、自動運転レベル4に求められる車両遠隔管制をはじめとする、さまざまなCPSサービスの実現が可能となります。

今後の展望

今後は、レベル4の自動運転遠隔管制サービスの実現に向け実証実験を重ね、さらなる技術改善をすすめます。また、自動運転に限らず、ドローンやスマートファクトリーなど、低遅延・高信頼な無線通信を必要とする他のユースケースへの技術展開や、新たな要素技術の開発をめざしていきます。