IOWNを支える技術解説

地球環境と人間社会の持続的な共存共栄に向けた地球環境未来予測技術

過去・現在の再現と未来のシミュレーションによる持続可能な地球の実現

地球環境未来予測技術は、人間活動やその他の外部要因により変化する地球環境を高精度に解析・予測する技術です。現在は特に海洋生態系にフォーカスし、研究を進めています。本技術は、以下の2つの主要技術で構成されます。1. 海洋生態系循環予測技術:海洋生態系モデルを活用し、生態系の量的変化を予測する技術 2. 地球情報予測分析技術:衛星データなどを活用し、広域かつ複雑な海洋環境の変化を過去・現在・未来にわたって把握可能とする技術

技術背景・課題

地球はおよそ50億年後に太陽に飲まれることがわかっていますが、それより前に人間活動による環境負荷の影響で多くの生物が生息できない環境になると言われています。海洋生態系は、気候調整やCO₂吸収等の地球環境を維持する重要な役割を担っていますが、自然の周期的な気候変動に加え、河川からの生活排水の流入、養殖業等の人間活動により絶えず変化しており、その影響を正確に把握・予測することが求められています。

未来の子どもたちに美しい地球を残すため、私たちは海洋生態系の変化を高精度に解析・予測し、人間社会と生態系との共存を可能にする地球環境未来予測技術の確立をめざしています。海洋生態系は気候・人間活動・生態系が複雑に絡み合うシステムであり、その高精度な解析・予測には、大規模データの収集と高度な解析技術が不可欠です。

そこで、将来的にはIOWNのデジタルツインコンピューティングを活用し、複雑な海洋生態系をより精緻にシミュレーションしようとしています(図1)。IOWNのデジタルツインコンピューティングは実世界の様々な対象をデジタル空間上に再現するためのプラットフォームです。このプラットフォーム上で複雑な海洋生態系のデジタルツインを構築し、気候変動や火山活動といった地球環境の変化に加え、経済や社会といった人間活動の変化に応じた海洋生態系の未来を細やかに予測する研究開発を進めています。

図1 デジタルツインによる海洋生態系の構築イメージ

技術の概要・特徴・内容

地球環境未来予測技術を構成する2つの要素技術を解説します。

①海洋生態系循環予測技術

食物連鎖や海洋中での物質循環のプロセスをモデル化し、人間活動等の影響を受けた海洋生態系の量的変化(生物量、化学物質量等)を予測する技術です。具体的な事例として、人間活動の1つである養殖業の影響による海洋生態系の変化予測に取り組んでいます。

②地球情報予測分析技術

衛星データ等で広域かつ複雑な海洋事象の過去から現在までの状況を把握し、未来を予測する技術です。河川から海洋への物質の流入範囲の推定といった、人間活動の影響が大きい事象の状況把握に取り組んでいます。

技術目標・成果・効果

①海洋生態系循環予測技術:海藻のアオサを例とした海洋生態系モデルの構築

海洋生態系循環予測技術は、人間活動に応じて変化する海洋生態系を予測し、社会の豊かさを保ちながら海洋生態系が再生する道筋を示すことをめざしています。

養殖業は海洋生態系に様々な影響を与えますが、私たちは沖縄県久米島の車エビ養殖池と隣接するアオサ養殖場を対象に海洋生態系モデルを構築し、車エビ養殖がアオサにどう影響するかを検証しようと、その生育量をシミュレーションしました(図2)。

シミュレーションの結果、生育量の予測値と実測値は概ね一致し、モデルの妥当性が確認できました。また場所毎の生育量を見ると、従来から栄養供給が多いとされている養殖池の排水口付近より沖側の方で生育量が多いという結果も得られました。要因として、排水中の植物プランクトンが栄養塩を消費し、アオサと競合した可能性が示唆されています。そこで、本モデルを用いた感度解析を行ったところ、排水の植物プランクトン量を減らすとアオサの生育量が回復することを示すシミュレーション結果を得ました。今後は予測結果の現場への適用等で海洋生態系の保全と人間活動(例えば、一次産業における収穫量の最大化)を両立する持続可能なシナリオ提案につなげます。

図2 養殖池の排水により成長促進されるアオサ

②地球情報予測分析技術:河川からの物質流入範囲の推定

地球情報予測分析技術は、広域かつ複雑な海洋環境の効率的なモニタリングを実現し、将来の環境変動をリアルタイムかつ高精度に予測することをめざしています。

沿岸域の生態系は河川から流入する栄養塩や懸濁物の影響を受けますが、その拡散範囲を正確に把握することは重要です。本研究では、河川水と海水の混合により形成される低密度水が河口域から広がる現象(河川プルーム)の範囲を推定する手法を開発しました。従来の河川プルームの識別手法では、直接観測や目視による閾値設定が必要であり、効率的な解析が課題とされていました。

そこで、私たちは衛星画像を入力データとするセマンティックセグメンテーションモデルを構築し、直接観測データを使用せずに、日々取得される衛星画像から準リアルタイムな河川プルームの範囲の推定が可能になりました。この技術は、陸域からの栄養塩や懸濁物の広がりを効率的に把握し、沿岸生態系への影響を評価する新たな視点を提供します。今後は海洋環境のより広域での継続的なモニタリングを実現する他デジタル空間上での海洋環境の高精度な再現につながる有用な情報を提供します。

図3 セマンティックセグメンテーションモデルによる河川プルーム推定結果例
(左:入力としたRGB可視画像、右:セグメンテーション 結果(青部分が河川プルーム推定範囲)、情報処理 Vol.65 No.12 (Dec. 2024). e36-41より引用)

想定される適用分野・PoC

  • 水産業の持続可能な管理:資源量の変動を予測し、適切な漁獲量の調整や漁場の最適化を支援
  • 海洋環境の保全:赤潮や海洋汚染の発生リスクを予測し、事前対策の立案に活用
  • 気候変動対策としての都市計画: 海洋のCO₂吸収能力の変化を考慮し、ブルーカーボン事業の適用地域を選定

今後の展望

今後は、①海洋生態系循環予測技術と②地球情報予測分析技術を統合し、大規模な海洋現象を含む広域かつ高精度な未来予測技術の確立をめざします。例えば、②地球情報予測分析技術で推定される栄養塩の流入を考慮しながら、①海洋生態系循環予測技術の生態系モデルを用い、海洋酸性化による生物量変化のシミュレーションを行う予定です(図4)。

さらにIOWNのデジタルツインコンピューティングを活用し、人間活動やその他の外部要因により変化する地球環境をより高精度に解析・予測する「地球環境未来予測技術」として実現させます。

図4 海洋酸性化による生態系の変化予測