ネットワークを介した高速エンドエンド情報同期・連携技術 (ISAP: In-network Service Acceleration Platform)
端末の処理をネットワークが支援し、低スペック端末でも高度なアプリを利用可能に。

技術背景・課題
IOWN構想を支えるネットワークサービス基盤として、NTTではインクルーシブコアアーキテクチャの検討を進めています。IOWNが目指す高速・大容量・低遅延、低消費電力化などの特性は、VR(Virtual Reality)やコネクテッドカー、遠隔手術など、多様なユースケースへの活用が期待されています.一方、上記のような高度なサービスを利用するには、ユーザ端末にも高い処理性能が必要です。ユーザは利用するサービスごとに高価な専用端末を用意しなければならず、購入や管理の負担を強いられます。インクルーシブコアアーキテクチャの一要素技術であるエンドエンド情報同期・連携技術 (ISAP: In-network Service Acceleration Platform) は、本課題を解決し、高度な通信機能を要する高機能なサービスを場所や利用形態を問わず利用可能とすることを目指しています。
技術の概要・特徴・内容
ISAPでは、上記の課題を解決するために、ネットワーク内の計算リソースを活用します (図1)。より具体的には、ネットワークがサービスの情報処理の一部を代行することで、端末の性能不足に起因するユーザ体験の低下を防止します。さらに、端末やサーバの処理能力に合わせて通信量や品質を最適化したり、端末特性に合わせたデータ転送形式と方法を設定することで、端末~サービス間にわたる通信のボトルネックを解消し、ストレスのない情報流通を実現します。以上により、端末側にも高性能な処理能力が要求される6G/IOWN時代のサービスを、端末性能や通信環境の違いや変化に適応しながら安定して利用可能とすることをめざしています。

技術目標・成果・効果
(1) ISAPのアーキテクチャ
ISAPのアーキテクチャを図2に示します。ISAPは、大きく2つの特徴を有します。

特徴① イベント駆動型リソース配備
ISAP上ではさまざまなアプリケーションの利用が想定されるとともに、各アプリケーションが必要とするリソースや処理機能も多種多様です。したがって、すべての処理機能をネットワーク内に固定的に配備する方法は非効率です。
そこでISAPでは、ユーザがアプリケーションを起動している期間中にのみ、必要な量のリソースを確保する方式をとります。より具体的には、ネットワークへの端末位置登録や通信セッション、ハンドオーバなどの制御イベントのほか、アプリケーションの認証やサービス起動のイベント、サイバー空間上での行動などさまざまな情報を収集します。これらを解析し、必要な時間、場所に必要な量の計算リソースをアプリケーションに割り当てます。本方式により、多様なアプリケーションに対して、効率よくリソースを利用することが可能です。
特徴② 専用ハードウェアを用いたアクセラレータ間チェイニング
ISAPが想定するコネクテッドカー、ロボティクス、VR、遠隔手術などのアプリケーションは、レンダリング、AI(人工知能)画像解析、暗号計算をはじめとする高度な演算処理を伴います。加えて、ネットワークを介して処理の結果を端末に転送しなければなりません。したがって、アプリケーション処理と転送処理の両者を高速に完了する必要があります。
そこでISAPでは、GPUやFPGA(Field Programmable Gate Array)、DPU(Data Processing Unit)/SmartNIC(Smart Network Interface Card)などの専用アクセラレータを活用します。より具体的には、各種アプリケーション処理やネットワーク接続の機能をマイクロサービス化し、それぞれに適切なアクセラレータを割り当てます。一例として、AI解析や3Dレンダリング処理機能にはGPUを、GTP(General Packet Radio Service Tunneling Protocol)encap-decap機能やRTP(Real-time Transport Protocol)ストリーミング送受信機能にはDPU/SmartNICを割り当てる形態が考えられます。さらに、各アクセラレータ間を連鎖的に接続することで、CPU(Central Processing Unit)を介さない処理を実現します。以上により、ネットワーク内のアプリケーション処理と処理結果の転送を高速に行います。
(2) 実証
ISAPの実現可能性と効果を検証するために、複数のユースケースと併せて実装を行いました。システムの構成を図3に示します。 ユースケースとして、AIによる映像ストリーム解析とメタバースを採用しました。

前述の「イベント駆動型リソース配備」については、ネットワークとアプリケーションの利用状態を収集する管理基盤をイベントドリブンなアーキテクチャで実装することで実現しました。本技術により、ユーザ端末の起動やネットワークへの登録、移動のほか、アプリケーションの開始や状態遷移などの情報を収集することが可能です。収集した情報を基に、ISAPはアプリケーションの起動を検知し、AI解析や映像レンダリングの機能をネットワークへオンデマンドに配備します。
「専用ハードウェアを用いたアクセラレータ間チェイニング」については、AI解析機能とネットワーク機能をコンテナ化し、前者にはGPUを、後者にはDPUを搭載することで、実現しました。さらに,各アクセラレータを直結することで、CPUを介さない高速処理を可能としました。
以上の技術により、 ユーザやアプリケーションイベントと連動した、ハードウェアリソースの柔軟な制御・割り当てが可能であることを実証しました。
想定される適用分野・PoC
(1) AI映像解析
昨今の生成AI技術の発展に代表されるように、AI技術はさまざまな社会課題を解決する手段として期待されています。サービス事業者がAIを組み込んだソリューションをユーザに提供するためには、一般的に「データ収集・前処理」「モデル学習・評価」「モデル展開・運用」といったフレームワークを構築する必要があります。しかしながら、パラメータ数が大規模なモデルの学習や展開には、多数のGPUなどで構成されるAIクラスタを必要とする場合があり,多大なコストが必要となります。
ISAP技術により、AIモデルの学習・推論といった負荷の高い処理をネットワークが代行することで、高度な計算処理基盤が必要なAIソリューション・サービスを、迅速かつ柔軟に展開することが可能です。私たちは、通信事業者の局舎に配備されたGPU/DPUリソースを効率的に利用することで、4K非圧縮映像のような高いデータ処理レートが求められるユースケースにおいても、滑らかで高精度なAI映像解析が可能であることを実証しました(図4(a))。
(2) メタバース
3Dコンピュータグラフィックス技術や通信・端末技術の発展、リモートワークの普及により、ユーザどうしがオンライン上でコミュニケーションを取る機会が増えたことで、インターネット上の仮想空間である「メタバース」が注目を集めています。一方で、メタバースを利用するためには、高精細な3D映像をリアルタイムで描画可能なGPUを搭載する端末が必要となり、普及に向けた障壁となっています。
ISAPを適用することで、本課題を解消することが可能です。3D映像の描画といった負荷の高い処理を端末の代わりにネットワークが実行し、結果だけを端末に送信します。ユーザ端末に求められる処理は、ネットワークから描画が完了した映像を受け取り、ディスプレイに表示するだけとなります。結果として、安価な端末であっても、高精細なサービスを利用することが可能となります。私たちは、NTTドコモが提供するメタバースサービスMetaMe®と連携し、ユーザが異なるメタバース空間に移動する際、ユーザ端末に表示される移動先の新たな空間を、ネットワーク内の計算資源を活用して動的に高速描画する機能を実現しました(図4(b))。

今後の展望
「通信と計算の融合」は国際的な標準化団体およびオープンソースコミュニティへでも議論が開始されつつあります。ISAPも含め、NTTではインクルーシブコアを次世代のアーキテクチャとすべく、国内外の通信事業者・通信機器ベンダ・クラウド事業者の皆様と連携しながら、6G/IOWNの本格導入が予定されている2030年に、標準仕様として社会に広く実装されることをめざします。