通信・デバイス技術

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トランジスタ技術の仕組みとNTTの世界最高速のトランジスタ研究開発の概要

トランジスタとは?

トランジスタとは、電気の流れをコントロールする部品で、多くの電子回路で利用されています。電気信号を大きくする増幅機能と、電気を流したり止めたりするスイッチング機能があります。

今日では、スマートフォン、パソコン、テレビなど、身近にある日常的に使っている電化製品のほとんど全てにトランジスタは使われています。現代の暮らしにおいて、トランジスタ技術は目につきにくいものではありますが、私たちの生活に欠くことのできない重要な要素技術です。トランジスタの寸法や集積数、性能そのものが、電子機器のサイズや性能に大きな影響を与えることから、日々トランジスタの小型・高集積化と高性能化が進められており、今日では100億を超えるトランジスタが集積化された回路も誕生しています。

トランジスタの構造としては、+(プラス)の電気(正孔)が流れる性質を持つP型半導体と、-(マイナス)の電気(電子)が流れる性質を持つN型半導体をサンドイッチのように挟み込んだ3層構造となっています。N型半導体を2つのP型半導体で挟んだものを、PNPトランジスタ、逆にP型半導体を2つのN型半導体で挟んだものをNPNトランジスタといいます。挟み込まれた間にある半導体をベース、他の2つはコレクタ、エミッタといいます。PNPトランジスタでは、電気がトランジスタに入る(電流がトランジスタに入力される)側をエミッタ、出る(電流が出力される)側をコレクタと呼んでいます。

トランジスタでは、ベース電流の量で、コレクタとエミッタの電流を制御することができます。例えば、エミッタとベースの間に電気を少し流すと、エミッタとコレクタの間に増幅された電気が流れるON状態となります。一方で、ベースに電気を流さなければ、コレクタに電気が流れずOFF状態となります。この特徴を活かし、複数のトランジスタを集積化し電気配線で接続することでと様々な機能を実現することができます。

トランジスタの中でも上記の3層構造になっているものは、+と-の両方の電気信号(正孔と電子)が流れることから、バイポーラトランジスタと厳密には呼び分けます。最初に広く実用化されたことから、バイポーラトランジスタのことを、ただ「トランジスタ」とだけ記載されることもあります。一方で、現在の主流である、相補型金属酸化物半導体(CMOS)集積回路を構成する、電界効果トランジスタ(FET)は、-の電気(電子)あるいは+の電気(正孔)のどちらか一種類がトランジスタ中を流れることから、ユニポーラトランジスタと呼ばれています。

トランジスタ技術の課題

図1 トランジスタの種類と特徴及びこれまでの動作速度の限界
図1 トランジスタの種類と特徴及びこれまでの動作速度の限界

今後IoTの普及や人工知能(AI)を活用したスマート社会の実現が期待されていますが、今まで以上に膨大な量の電子機器がネットワークでつながるために、データ通信量が爆発的に増大することが見込まれています。それに対応するための手法の一つとして、トランジスタの性能改善があります。

トランジスタが高速でスイッチできるようになるほど、集積回路が同じ時間に処理できる情報量が増えます。したがって、より高速なトランジスタを使った集積回路を用いて光・無線通信システムを構築することで、通信の大容量化を図ることができます。

一方で、トランジスタのスイッチング速度の指標となる電流利得遮断周波数(fT)は、トランジスタの種類やその構成材料を問わず、これまで700ギガヘルツ(GHz)台で飽和傾向にあり、将来の通信大容量化やテラヘルツ(THz)帯のアプリケーションを実現する上での潜在的な課題となっています。また、高性能な集積回路を実現するためには、トランジスタに対して高速性能のみではなく、電流利得や耐圧といった出力に関する特性についても高い性能が要求されます。

トランジスタの改善の歴史とNTTの研究成果

トランジスタは当初ゲルマニウムを用いて発明されましたが、その後性能改善のために、シリコン(ケイ素)が主に用いられるようになりました。IT系企業が集まる場所として有名なシリコンバレーという呼称は、現地に多数の半導体メーカーが集まっていたことに由来しています。

その後、さらに研究が進み、2種類以上の元素を結合させてできた半導体(化合物半導体)も使われるようになりました。化合物半導体は、一般的な半導体材料であるシリコンと比較してトランジスタの性能改善に向いた特長を有しています。そのため、インジウムリン(InP)や窒化ガリウム(GaN)などの化合物半導体を用いたトランジスタでは、シリコン系電子デバイスを上回る、高速スイッチングや低消費電力、高出力動作などが期待できます。

NTTにおいては、20年以上も前からInP系化合物半導体の潜在的な高速性能に着目し、光通信向け超高速InP系トランジスタの研究開発を進めてきました。トランジスタ高性能化には、高品質な半導体材料を作る技術(結晶成長技術)と半導体材料を微細なトランジスタ構造に加工する技術(デバイスプロセス技術)を両立して高度化することが何より重要です。NTTでは、①厚さ約10ナノメートル(1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1)と極めて薄い半導体結晶層内に電子を加速する構造を組み込む結晶成長技術や、②高速高出力性能に優れたヘテロ接合バイポーラトランジスタ(HBT)構造において、幅50ナノメートル(髪の毛の太さの約2000分の1)という極めて微細な電極構造を形成するデバイスプロセス技術を実現しました。これらの技術の融合により、世界で最も高速な800GHz(ギガヘルツ)を超える電流利得遮断周波数を有するトランジスタの開発に成功しています。

  1. 異なる半導体を組み合わせて作成されたバイポーラトランジスタの一種。

研究により何が実現するのか

本トランジスタを集積化することにより、1秒間に3000億回以上の信号処理可能な超高速集積回路の実現が見込まれます。これにより、マルチテラビット毎秒(Tbps)級の光伝送やテラヘルツ(THz)帯を利用した大容量無線通信といった情報通信システムの高度化が期待されます。

2020年に実用化された5G無線通信では、3.5GHz帯、4.5GHz帯、28GHz帯が利用され、スマートフォンなどでの実測で下り1Gbpsを超えるようになりました。5Gでも超高速、超低遅延とされ、自動運転や遠隔手術など、少しの遅れも許されない分野での活用が期待されていますが、これをはるかに上回る通信速度が今後の研究で実現していく可能性があります。

NTTでは、THz帯の周波数特性を生かした高精度なセンシングやイメージング等、現在未開拓な周波数帯域を用いたアプリケーションを創出することで、IOWNやBeyond 5Gの世界を実現してまいります。引き続き、トランジスタの更なる高速化を進めるとともに、情報通信・情報処理技術の高度化にむけた光デバイスとの融合を図ることで、高付加価値な情報通信サービスの創出をめざして研究開発を進めていきます。

参照

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