ナノ構造における帯電効果を利用した単電子の操作や検出は、量子電流標準、高感度センサなど高精度エレクトロニクスや極限計測技術への応用が期待できる。
本研究では単電子の超高速転送技術、超高速検出技術、単電子検出による転送精度の絶対評価技術、高精度電流逓倍技術、量子ホールアレイを用いた微小電流計測技術を開発し、これらを統合的に組み合わせることにより、電気標準の整合性の検証実験である「量子計測三角形」(下図)の世界一の精度での実現を目指す。また、超精密微小電流発生・検出技術、リアルタイム計測技術など極限計測技術の基盤技術を確立する。
量子計測三角形は、基礎物理定数であるプランク定数や素電荷量などの関係性に矛盾がないかの検証実験として数十年にわたり実現が期待されてきたものであり、世界最高精度での実験を行うことにより大きな学術的インパクトを創出できる。
また、高精度な電流標準や量子ホールアレイ抵抗標準の実現は、電子計測機器の校正やポータブル型量子電気標準の開発につながるものであり、産業基盤や計量標準分野に貢献できる。さらに、超高速・高感度電荷検出や超精密微小電流発生・検出技術は、抵抗精密評価、単一分子・化学反応センサ、放射線センサなど材料、化学、工業、医療分野など電気量の関連する広範な領域への応用が期待できる。
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量子計測三角形 |
NTT、産総研、電通大の3つのチームで、必要なデバイス技術、測定技術を開発し、それらを組み合わせることにより、5か年計画で量子計測三角形の高精度実験を実施する。
NTTにおいては、ナノアンペア以上の電流標準の実現のため、クロック周波数サブ10 GHz動作相当の高電流単電子転送を可能とするシリコン単電子素子の開発に取り組む。サブ10 GHz動作における単電子ダイナミクスの物理や単電子転送の高周波動作限界を支配するエラー機構を解明し、転送の高精度化を実現する。(下図 a)
産総研においては、上記単電子電流標準をジョセフソン電圧標準と比較可能な電圧に変換するために、高抵抗量子ホールアレイ抵抗標準(10Mオーム)の開発に取り組む。また、量子計測三角形の実験に向けて、全量子電気標準(単電子電流標準、量子ホールアレイ抵抗標準、ジョセフソン電圧標準)搭載型システムを単一冷凍機内に構築する。(下図 b)
電通大においては、高精度電流逓倍を行うための高誘電体絶縁膜を用いた強結合量子電流ミラーを開発する。また、「量子計測三角形」の実験に対して相補的に必要となる単電子転送精度の絶対評価のため、単一磁束量子を用いたサブ10 GHz超高速単電子検出技術の動作実証と開発を進める。(下図 c)
以上のデバイス技術、評価技術を組み合わせることにより、0.1ppm以下での量子計測三角形の実験を目指す。
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(a) シリコン単電子デバイス (NTT) |
(b) 1MΩ 量子ホールアレイ (産総研) |
(c) 微小ジョセフソン接合による 量子電流ミラー(電通大) |
詳細図(NTT) | 詳細図(産総研) | 詳細図(電通大) |
GHz動作の単電子転送において、シリコン量子ドット内の単電子の量子的な空間振動を、量子ドットとドレイン電極を繋ぐ出口側のバリア中に存在する局在準位との共鳴現象を利用した超高速サンプリングにより検出した。
電子の空間振動は、動的量子ドットの高速空間移動に伴う電子非断熱励起に起因する量子ドット内電子準位の量子力学的重ね合わせ状態の形成を反映したものである。このような電荷振動は、いわゆる電荷量子ビットの動作であり、従来はダブル量子ドット間の数10ピコ秒オーダーの振動の検出が限界であったが、今回、単一量子ドット内での超高速電子振動の検出に成功した。
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シリコン量子ドット中の超高速量子振動の検出 |
変調バリア型の単電子転送素子の精度を支配する因子として、電子の出入を制御する量子ドットの帯電エネルギーに加え、ソース電極と量子ドットをつなぐ入口側のポテンシャルバリアの伝導特性の電子エネルギー依存性が重要となる。
単電子転送特性の温度依存性を詳細に比べ、ダイナミクスを考慮した理論モデルとフィッティングすることにより、動的な量子ドットの入口バリアのポテンシャル高さ、形状、長さを定量的に見積もることに成功した。極低温トンネル伝導領域での高精度単電子転送の実現に向けた素子設計・作製において、「ポテンシャルバリアエンジニアリング」の基礎となる重要な知見である。
本研究課題の一環として、欧州量子電流標準プロジェクトとの連携も進めているが、NTT素子を含む各国標準機関で作製された単電子転送素子がいずれも1 ppmレベルでユニバーサルに動作することを確認した。
これは、NTTが2004年に最初に動作を確認したバリア変調動作型単電子転送素子の動作が、素子構造の詳細や材料(化合物半導体やシリコン)の違いに依存せず、1 ppmレベルの高精度動作が可能であることを示したものであり、グローバルな標準化に向けた重要な一歩である。本成果は、Metrologiaの招待論文として出版され、研究代表者はバリア変調動作型単電子転送素子の動作機構の理論に関する章の執筆を担当した。
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変調バリア型単電子転送素子の 1 ppmユニバーサル動作 |
量子計測三角形の「抵抗」に用いる素子として、1 MΩ、10 MΩ量子ホールアレイ(集積素子)の試作を完成させた。まず、1 MΩの素子に対し高精度な絶対評価を行なった。この1 MΩ素子は、合計88個の量子ホール素子が適切な設計のもと直並列に接続・集積されており、全体で設計値:1 MΩ (1 ?0.034×10-6)の量子化された高抵抗値を発生できる。
この素子は本研究課題において、単電子転送により発生した電流に対する量子電流-電圧変換器として利用される。アレイ素子中のホール素子同士の配線は「多重配線法」によりその抵抗を相対的に抑え、また2次元電子系のオーミック抵抗も極めて小さな値に抑えている。このアレイ素子に対し、純粋な1量子ホール素子(国立計量研究所間の国際的な比較によりその値が保証されている素子)との絶対比較による精密評価に成功し、その値が17 × 10-9以内で設計上の量子化抵抗値に一致することを確認した【4】。
これにより、開発した1 MΩ量子ホールアレイが、量子計測三角形の検証に利用できることを証明した。現在10 MΩの素子についても精度評価を進めている。また、1 MΩの素子について、量子電流-電圧変換器としての性能評価にも成功した。その検証では、ジョセフソン効果電圧標準や高精度微小電流計などを利用することで1 μAにおける相対精度が7.8 × 10-8、10 nAにおいては4.1 × 10-6に達することを証明した【5】。
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1 MΩの量子ホールアレイ |
量子計測三角形に用いる「電圧」に関しては量子電圧計測用のジョセフソン電圧標準を開発した。具体的には65,536個の接合を直列に接続し合計で2 Vが出力される素子を作製し、1 ? 10 Vの国家標準と比較することで3×10-9の相対不確かさでの一致を確かめた。
「電流」に関しては、NTTが作製したシリコン単電子転送素子を、産総研で開発中の量子計測三角形測定用の冷凍機で駆動するための実験セットアップの構築を行い、素子の並列測定が可能なサンプルホルダーの開発に成功し、その実証実験中である。今回、単一のシリコン単電子転送素子を駆動し精密計測を行うことで、5 ppm(世界水準)の不確かさでの電流生成を達成した。
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ジョセフソン電圧標準用ステージの開発 |
各担当チームで開発した要素技術を組み合わせ、世界未踏の0.1 ppmレベルでの量子計測三角形の実証実験を目指す。
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