2024/12/10

東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻の前田 拓也講師の研究グループ(以下、東京大学)と日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下、NTT)は、窒化アルミニウム(AlN)系半導体(注1)を用いたショットキーバリアダイオード(SBD)(注2)の電流輸送機構を解明しました。NTTは、低抵抗のオーミック電極形成技術およびリーク電流の小さいショットキー電極形成技術の開発により、ほぼ理想的な電流-電圧特性を示すAlN系SBDを作製しました。東京大学は、この理想的なSBDの電流-電圧特性や容量-電圧特性の系統的な測定と緻密な解析に基づく考察により、電流輸送のメカニズムがトンネル効果に起因した熱電子電界放出(注3)であることを世界で初めて解明し、ショットキー接触(注2)の特性を決定する最重要物性値である障壁高さとその温度依存性を明らかにしました。本成果は、AlN系電子デバイスの実現に寄与します。

〈背景と課題〉
窒化アルミニウム(AlN)は6.0eVの大きなバンドギャップエネルギー(注4)を持つウルトラワイドギャップ半導体です。このAlN系半導体は極めて高い絶縁破壊電界を有していることから、例えば、電気自動車のモーター駆動・充電に伴う電気の交流/直流変換や周波数変換といった電力変換の電力損失を大きく低減できるパワー半導体デバイス材料であり、AlN系パワー半導体デバイスの実用化は低炭素社会の実現に貢献します。電力変換を行う電子機器の作製にはトランジスタとダイオードが不可欠であり、NTTではこれまで世界に先駆けてAlNトランジスタを実現しています(注5)。一方で、ダイオードの作製プロセスは世界的に未成熟であり、オーミック電極の大きな接触抵抗によって理想的な特性のダイオードは報告されておらず、これまでその電流伝導機構も十分には解明されていませんでした。
〈成果の内容〉
AlN系半導体は、バンドギャップエネルギーが大きいため電極金属と半導体の接触界面に形成される電子に対する障壁高さが非常に大きく、低抵抗のオーミック電極を形成することが困難です。NTTはAlNトランジスタ作製で培ったSiドープ組成傾斜窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)層(注6)を利用する低抵抗オーミック電極形成技術を発展させ、接触抵抗を従来の10分の1以下に低減しました。これはAlNに対する世界で最も低い接触抵抗であり、理想的な特性を得るための必要条件となります。さらに、AlN系半導体のドライエッチング時のプラズマダメージを軽減することで、AlNとショットキー電極間のリーク電流を抑制しました。その結果、これまでで最も急峻な電流立ち上がり特性を示し、優れた整流性を有するAlN系SBDの作製に成功しました(図1)。
東京大学は、上記のAlN系SBDの電気的特性を詳細かつ系統的に評価しました。特に、容量特性の評価において極低周波(<10Hz)を用いる重要性を指摘し、半導体物理に基づいて正確な実効ドナー密度および拡散電位・障壁高さを得ることに成功しました。また、この電流輸送機構について、高い実効ドナー密度と大きな拡散電位によってショットキー界面に高電界が生じ、ポテンシャル障壁が薄くなることから、トンネル効果に起因した熱電子電界放出が発現していると考察しました。理論計算により熱電子電界放出による電流値を求めたところ、容量-電圧測定で得られた障壁高さとほぼ同様の値を用いることで実験値と一致することを確認し、電流輸送機構が熱電子電界放出であることを解明しました(図2)。さらに、室温から300℃の広い温度領域で電流-電圧特性を測定・解析し、障壁高さの温度依存性を明らかにしました。これらは、ほぼ理想的な電流立ち上がり特性を示すAlN系SBDを利用し、緻密な測定・解析を行ったことで初めて得られた成果です。
ショットキー接触は電子デバイスの根幹をなす基本構造であり、特に障壁高さはSBDの順方向立ち上がり電圧や逆方向リーク電流を決定する最重要物性値です。本研究によって、ほぼ理想的な特性のAlN系SBDが得られたこと、この理想に近いAlN系SBDを用いて電流輸送機構と障壁高さの温度依存性を解明したことは、AlN系半導体デバイスの発展に大きく貢献します。今後、AlN系半導体を用いた低損失なパワーデバイスを実現することで、低炭素社会実現への貢献が期待されます。
東京大学
大学院工学系研究科電気系工学専攻
前田 拓也 講師
若本 裕介 修士課程
棟方 晟啓 修士課程
工学部電気電子工学科
佐々木 一晴 学部生
NTT物性科学基礎研究所
廣木 正伸 主任研究員
平間 一行 グループリーダー
熊倉 一英 研究当時:所長
谷保 芳孝 上席特別研究員
学会名:70th IEEE International Electron Devices Meeting(IEDM 2024)
会 期:2024年12月7〜11日(論文公開は12月7日、発表は12月11日16:00-16:25。いずれも米国太平洋時間。)
題 名:Thermionic Field Emission in a Si-doped AlN SBD with a Graded n+-AlGaN Top Contact Layer
著者名:Takuya Maeda, Yusuke Wakamoto, Issei Sasaki, Akihira Munakata, Masanobu Hiroki, Kazuyuki Hirama, Kazuhide Kumakura, Yoshitaka Taniyasu
本研究の一部は、科研費「若手研究(課題番号:23K13362)」の支援により実施されました。