2021/05/14
日本電信電話株式会社(NTT)と科学技術振興機構(JST)は、フランス国立科学研究センター エクス=マルセイユ大学と共同で、半導体を用いて電子1個よりも小さな電荷(分数電荷準粒子※1)のアンドレーエフ反射※2を観測することに成功しました。これは二次元電子系※3が低温・強磁場中で示す分数量子ホール状態※4において、分数電荷準粒子が界面に入射する際、電子が透過し、分数電荷を持つ正孔が反射される現象です。これまでアンドレーエフ反射は超伝導体に特有の現象と考えられてきました。超伝導体では2つの電子がペア(クーパーペア)を作って電流を運ぶため、電子が超伝導体に入射する際、電子のペアが透過し、電荷を保存するように正孔が反射されます。超伝導体以外の物質におけるアンドレーエフ反射の可能性は1990年代に理論的に指摘されていましたが、理想的な界面を作ることが難しく、実験では観測されていませんでした。今回の実験により、半導体において、かつ分数電荷でもアンドレーエフ反射が起こることが明らかになり、現象の普遍性が示されました。分数電荷準粒子はトポロジカル量子計算※5への応用も期待されています。本成果は、分数量子ホール状態と通常伝導体の界面における電荷移動メカニズムを明らかにするもので、準粒子を操作する量子情報デバイスの実現に向けて重要な知見を与えるものです。
本研究は、5月14日英国科学誌 Nature Communications にオンラインで掲載されました。
超伝導体では2つの電子がペア(クーパーペア)を作って超伝導電流として流れます。超伝導体に外から電子(負の電荷e※6を持つ。)が入射すると、この電子がクーパーペア(電荷2e)を作って超伝導体中に流れ込み、電流が増大します。一方、この過程全体では電荷量が保存する(電荷保存則※7)ため、透過電流の増大を補償するために界面から正孔が反射されます(図1)。この一連の現象をアンドレーエフ反射と呼びます。アンドレーエフ反射は超伝導体界面における電荷移動の素過程※8であり、超伝導接合を用いた様々なデバイスにおける基本原理です。
従来、アンドレーエフ反射は超伝導体に特有の現象と考えられてきました。しかし、その根底にあるのは、より広い普遍性を持つ電荷保存則です。従って、電流を運ぶ粒子の電荷が電子の電荷eと異なれば、超伝導体以外でも同様の現象が起こる可能性があります。そのような系の代表として知られているのが、分数量子ホール系です。分数量子ホール効果は、二次元電子系に低温で垂直に強い磁場を加えたとき、ホール抵抗が特定の分数比を持つ値に量子化する現象であり、このとき電流を運ぶのは電子よりも小さな電荷(例えばe/3やe/5)を持つ分数電荷準粒子(以下、「準粒子」)です。いま、分数量子ホール系が通常の金属と接していて、準粒子が分数量子ホール系側から入射する場合を考えます。準粒子は金属の中に電子として入っていくため、界面で透過電流が増大し、同時にそれを補うべく準正孔の反射が起きて逆符号の反射電流が観測されると考えられます(図1)。この現象の観測は、アンドレーエフ反射が異なる物質同士の界面における普遍的な電荷移動メカニズムであることを確認することに等しく、物性物理学の極めて重要な課題であったと言えます。ところが1990年代にこの現象が理論的に予言されて以降、盛んに研究されてきたにもかかわらず、分数量子ホール系と金属の良質な界面を作製することが困難なため、今日に至るまで20年以上観測に成功した例はありませんでした。さらに、ある種の準粒子はトポロジカル量子計算における量子ビットの構成要素として期待されており、量子情報技術の発展のためにも、準粒子の基本的ダイナミクスであるアンドレーエフ反射の観測は大きな実験的課題であったと言えます。
今回、研究チームは、ナノスケールの精密な半導体加工技術を駆使し、精密な分数-整数量子ホール接合※9を作製することで、世界に先駆けて準粒子のアンドレーエフ反射の観測に成功しました。
実験では、まずGaAs半導体ヘテロ構造中の二次元電子系に低温で垂直磁場を印加し、電子系全体がランダウ準位占有率※101の整数量子ホール状態になるように磁場の強さを調整しました。この状態で電子系の左側半分を覆う表面ゲート電極1にゲート電圧1を印加し、直下の電子密度を減少させて、ランダウ準位占有率1/3の分数量子ホール状態(図2の赤色領域、e/3の電荷を持つ準粒子によって電流が運ばれる状態)としました。このとき、試料の内部で分数量子ホール状態と整数量子ホール状態(青色領域、電子によって電流が運ばれる状態)の界面が形成されます。さらに、2つの領域の間にある微細ゲート2に負のゲート電圧2を印加し、その直下を空乏化することで、界面を1μm以下に狭窄して、微小な分数-整数量子ホール接合を実現しました(図2)。測定ではこの接合に分数側から電流を入力し、整数側に流れ出る透過電流を測定しました。すると、ゲート電圧2の値によって(接合の幅を変えることに相当)、入力した電流よりも大きな透過電流が観測される場合があることが分かりました(図3)。またこのとき、接合から分数側に返ってくる反射電流を測定すると、入力したものと逆符号の電流が観測されました(図3)。これら透過電流の増大、および負の反射電流は、分数電荷のアンドレーエフ反射が生じていることを示しています。この成果は、アンドレーエフ反射が超伝導特有の現象ではなく、普遍的なものであるということを示したもので、物性物理学の重要な成果だと言えます。
ゲート電圧1(電極1)による電子密度制御によって、1つの半導体試料内に2つの異なる量子ホール状態(ランダウ準位占有率1/3領域、および1領域)を発現させました(図2)。この界面をゲート電圧2(電極2)によって狭窄することで、微小な分数-整数量子ホール接合を形成しました。この試料では、別々の材料をつなぎ合わせて作製する接合と比べ、格段に良質(不純物などの不確定要素が少ない)、かつ微小な分数量子ホール系の界面を実現することができます。加えて、ゲート電圧2によって狭窄領域の幅を調整することで、界面のサイズを精密に制御することにも成功しました。このような制御性の高い、良質かつ微小な接合により、準粒子のアンドレーエフ反射の観測が可能になりました。
超伝導体におけるアンドレーエフ反射は、超伝導接合を用いた様々なデバイスの基本原理です。今回の準粒子のアンドレーエフ反射も、今後その制御方法を改良していくことにより、様々な新機能を有する分数量子ホール効果デバイスに応用できる可能性があります。
さらに今回、同一界面においてアンドレーエフ反射が繰り返し起こることで、準粒子と電子が一体となって運動し、一次元の伝導チャネルを形成することが分かりました。一次元チャネルは準粒子の導波路とみなすことができ、トポロジカル量子計算における信号伝送路としての利用が期待されています。今回の結果は一次元チャネル形成のメカニズムの1つを明らかにしたもので、量子信号伝送路の設計に向けて前進をもたらす成果だと言えます。
本研究は、科学研究費補助金(JP16H06009, JP15H05854, JP26247051, JP19H05603)、および科学技術振興機構(JST)さきがけ(JP17940407)の支援を受けて行われました。
掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:"Andreev reflection of fractional quantum Hall quasiparticles"
著者:Masayuki Hashisaka, Thibaut Jonckheere, Takafumi Akiho, Satoshi Sasaki, Jerome Rech, Thierry Martin, and Koji Muraki
DOI:10.1038/s41467-021-23160-6