2021/04/28
NTT物性科学基礎研究所は、生体適合性の高いハイドロゲル※1薄膜を固体基板上で管状に変形させ、マイクロ流路として用いることで、流路の変形や分子の透過といった生体内の環境を模倣できる流路型デバイスの作製に成功しました。臓器のような生体組織を人工的に再現するためには、細胞の培養環境を生体内の環境に近づけることが重要です。本成果は、固体基板上で生体と類似した環境を創り、細胞を培養できる基盤技術を実証したものであり、細胞生物学のための培養基材やOrgan-on-a-chip※2の創出につながるものと期待されます。
今回NTTでは、医療用材料として広く使われているハイドロゲルの1つである、ポリアクリルアミドゲル※3の薄膜を、ガラス基板の接着/非接着パターン上に形成することで、座屈剥離※4に基づいて3次元構造化できることを見出しました。この構造は、ハイドロゲルが水を吸って膨潤する力を使って、自発的に作りあげることができます。また、乾燥などによってハイドロゲル内の水分量を減らし、可逆的に消失させることも可能です。膨潤性はハイドロゲルの一般的な性質であるため、今回の構造化手法は、様々な種類のハイドロゲルに汎用的に使用できます。
本技術では、ハイドロゲルの硬さや厚み、剥離パターンに応じて、様々な3次元形状の構造を作ることができ、大面積に再現性良く作製することが可能です。また、線状の剥離パターンから、ハイドロゲル薄膜が線状に浮き上がった流路構造を作り、空気や液体を注入できる流路型デバイスとして機能することを実証しました。外部からハイドロゲル流路への圧力を調整することで、生体内の変形挙動に類似した、流路の大変形や周期的な拍動変形の特性を見出しました。加えて、流路内壁や流路外部で筋芽細胞※5の長期培養に成功し、流路の形状に沿った3次元的な生体模倣構造の形成や、流路の外側にある細胞への局所的な薬剤刺激に成功しました。得られた知見は、幹細胞を用いた再生医療や、薬剤スクリーニングのためのOrgan-on-a-chipの他、バイオデジタルツイン※6の設計に必要な人工臓器モデルの実現に向けた基盤技術に繋がるものと期待されます。
これらの成果は、米国科学誌「ACS Applied Materials & Interfaces」2019年6月15日号、および英国科学誌「Lab on a Chip」2021年4月6日号に掲載されました。
細胞を3次元に組み上げ、臓器のような高度な生体機能を人工的に再現する技術は、細胞生物学や再生医療、創薬などの分野で需要が高まっています。細胞本来の機能を発現させるためには、細胞を取り巻く環境を生体内に近づけることが重要です。特に細胞の足場となる材料は、3次元的に形状を制御できること、生体内と同様のずり・伸縮刺激を再現できること、成長因子※7や老廃物といった分子の透過が可能であること、などの条件を満たす必要があると考えられています。こうした要件を満たす材料の一つに、高い生体適合性を示すハイドロゲルがあります。ハイドロゲルは網目状の高分子に大量の水が保持された柔らかい材料であり、臓器や軟骨など私たちの身体と似た物質を透過する性質を示すため、細胞培養の足場材料として広く研究されています。一方で、一般的にハイドロゲルは脆弱で壊れやすく、それ単体でマイクロメートルスケールの微小で複雑な3次元構造や自立した中空構造を作製し、機械的な刺激を加えることは困難とされていました。加えて、水を吸って膨らむ膨潤性のため、この大きな体積変化を固体基板上で支えることが難しいという問題がありました。
近年の加工技術の進展により、ハイドロゲルを3次元構造へと成形する手法が報告されています。しかしながら、血管や腸管のように大きく変形する薄膜管状構造の作製は、技術的に難しく、用いる材料の制約もありました。様々な機能を有する幅広い種類のハイドロゲル薄膜に対して、汎用的に3次元構造へと成形できる手法を確立できれば、高い伸縮性・物質の透過性・生体適合性を持った生体の臓器に類似の構造を作製することが可能となります。生体内を模倣した細胞培養基材として、Organ-on-a-chipや再生医療、創薬スクリーニングなどの応用に繋がることが期待できます。
本研究では、従来、制御が困難であったハイドロゲルの膨潤に着目し、膨潤を逆に利用した構造化手法を考案することで上記の問題を解決しました。伸縮性、物質透過性、生体適合性を有するポリアクリルアミドゲルの薄膜を、ガラス基板上へパターン状に接着し、水中で膨潤させることで座屈剥離に基づく3次元構造を作製しました(図1、動画1)。得られた構造は膨潤度に応じて可逆的に変化させることができます。また、ハイドロゲルとガラス基板の接着パターンは、汎用的なリソグラフィー技術を用いて簡便かつ大面積で制御することが可能です。その一例として、線状の剥離パターンから、ハイドロゲル薄膜が線状に浮き上がった流路構造を作製することに成功しました。この流路構造とポンプを送液チューブで接続し、空気や液体を注入可能な流路型デバイスとして利用できることを実証しました。本デバイスは、ポンプの圧力を調節することで、ハイドロゲル流路の変形挙動を制御することが可能です。さらに、流路内部および外部での長期的な細胞培養にも成功しました。流路内部での細胞培養の成功は、人工的な臓器形成のための鋳型として応用する技術として期待できます。一方、流路の外側にある細胞に対しては、ハイドロゲルの物質透過性を活かして、流路へ薬剤を注入することで、外側にある細胞への局所的な化学刺激を実現しました。
今回、ガラス基板にパターン状に接着したハイドロゲル薄膜を膨潤させ、座屈剥離に基づく3次元構造を自在に形成する技術を考案しました。さらに、得られた構造をポンプと接続した流体デバイスでは、生体内と類似した変形性と物質の透過性を備えた、生体適合性の高い細胞培養基材として利用できることを示しました。本手法は、幹細胞を用いた再生医療や、薬剤スクリーニングのためのOrgan-on-a-chipへの応用に加えて、バイオデジタルツインの設計に必要な人工臓器モデルの実現に向けた基盤技術に繋がるものと期待されます。
著者名:R. Takahashi, H. Miyazako, A. Tanaka, Y. Ueno
タイトル:Dynamic Creation of 3D Hydrogel Architectures via Selective Swelling Programmed by Interfacial Bonding
論文誌名:ACS Applied Materials & Interfaces
掲載日時:2019年6月15日(米国時間)
著者名:R. Takahashi, H. Miyazako, A. Tanaka, Y. Ueno, M. Yamaguchi
タイトル:Tough, Permeable and Biocompatible Microfluidic Devices Formed through the Buckling Delamination of Soft Hydrogel Films
論文誌名:Lab on a Chip
発刊日時:2021年4月6日(英国時間)
ガラス基板の表面を接着分子である3-(メタクリロイルオキシ)プロピルトリメトキシシラン※9で処理することで、ハイドロゲル薄膜と化学的に接着できます。本研究では、リソグラフィー技術でガラス表面の接着分子をパターニングし、その基板上で厚み30~120μm程度のポリアクリルアミドゲルを合成しました。接着分子がある場所はガラス基板とハイドロゲルが強固に接着し、接着分子がない場所は簡単に剥離します。その後、ハイドロゲル薄膜を膨潤させると、パターンに応じて剥離しつつ折れ曲がった(座屈)3次元構造へと変形させることができます(座屈剥離)。今回は線状の剥離パターンを用いることで、ハイドロゲル薄膜が浮き上がった流路構造を作製しました。
(動画1)膨潤を駆動力とするハイドロゲル薄膜の座屈剥離現象に関する動画