2021/02/01
NTT物性科学基礎研究所は、微小な機械振動子※1の内部に希土類元素の発光中心※2を埋め込むことにより、光のエネルギー損失が極めて少ないオプトメカニカル素子※3を実現することに成功しました。
光と機械振動が相互作用するオプトメカニカル素子では、両者のエネルギー損失時間※4の大小関係によって素子の振る舞いが決まります。従来のオプトメカニカル素子では機械振動のエネルギー損失時間よりも光のエネルギー損失時間が短いため、光を用いた機械振動の制御は可能でしたが、その逆の機械振動を用いた光の制御は困難でした。今回、光のエネルギー損失時間が極めて長い希土類元素の発光中心を機械振動子に埋め込むことにより、光と機械振動の間のエネルギー損失時間の関係が逆転した新しいオプトメカニカル素子を実現することに成功しました。これにより、機械振動を用いた光の制御が可能となり、これまで困難であったオプトメカニカル素子による光の増幅や発振が可能となることが理論的に示されました。微小で非線形効果の大きなオプトメカニカル素子を用いたオンチップ光増幅器など、従来デバイスと比べて小型かつ高効率な省エネ光デバイスの創出につながる成果として期待されます。
本成果は、米国の科学誌「フィジカルレビューレターズ」(米国東部時間1月29日付)に掲載されました。
半導体チップ上に作られる微小な機械振動子は、振動子固有の周波数で共鳴する機械共振特性を利用した高感度センサや高周波フィルタなど様々な素子応用に用いられています。このうち、機械振動子を電気的に検出・制御できる素子はMEMS(Micro-Electro-Mechanical-Systems)として広く知られていますが、近年では、光を用いて機械振動子を検出・制御することが可能なオプトメカニカル素子にも注目が集まっています。オプトメカニカル素子の多くは、光を鏡や空孔などで空間的に閉じ込める光共振器構造や、光が選択的に吸収される光共鳴構造を機械振動子へ組み込んだ構成をとっており、機械振動と相互作用する光共鳴を用いて高感度な振動検出や高精度な振動制御を可能とすることを特徴としています。
このようなオプトメカニカル素子では、光と機械振動の間のエネルギー損失時間の関係によって素子の振る舞いが決まります。具体的には、エネルギー損失時間の短い物理系によって損失時間の長い物理系を制御することが可能となります。従来のオプトメカニカル素子では、光の損失時間が機械振動の損失時間よりも圧倒的に短いため、光を用いた機械振動の制御は可能でしたが、その逆の機械振動を用いた光の制御は困難でした。今回、光のエネルギー損失時間が極めて長い希土類元素の発光中心を機械振動子へ埋め込むことにより、機械振動と光の間のエネルギー損失時間の関係性が逆転した新しいオプトメカニカル素子を世界で初めて実現しました。これにより、従来困難であった機械振動を用いた光の増幅や発振が可能となります。
実験に用いた機械振動子(図1)は希土類元素エルビウムを含むYSO結晶※5を斜めからイオンビームで削る微細加工により作製しました。これを圧電アクチュエータの上に設置することにより、電気的に上下振動を誘起し、機械振動子を固有周波数で共振させることが可能となります。この共振により、機械振動子内部に局所的な歪を導入することができます。今回、この歪に依存した光吸収・発光の様子を測定できる実験系を構築することにより、希土類元素の発光中心と機械振動とが相互作用した状態を観測することに成功しました(図2)。また、エネルギー損失時間の測定により、光の損失時間が機械振動の損失時間を上回った状態が実現していることを確認しました(図3)。
今回実現したオプトメカニカル素子を用いて、光の増幅と発振現象の実証に取り組みます。増幅された光を効率よく取り出せるよう素子構造の最適化にも取り組みます。現状では液体ヘリウム温度での動作しか確認されておりませんが、今後は液体窒素温度(77K)や室温環境での動作に向けて研究を進め、IOWNへの応用をめざします。また、光と機械振動の相互作用の高効率化を進め、弾性波や音波を組み合わせた省エネ光デバイスの創出をめざします。
“Rare-earth-mediated opto-mechanical system in the reversed dissipation regime”,
Ryuichi Ohta, Loïc Herpin, Victor M. Bastidas, Takehiko Tawara, Hiroshi Yamaguchi, and Hajime
Okamoto,
Physical Review Letters, 126, 047404 (2021)