2020/03/18
NTT物性科学基礎研究所(以下NTT物性研)と国立大学法人東京大学(以下東大)及び東日本電信電話株式会社(以下NTT東)は、複数の遠隔地間で240 kmに及ぶ光周波数ファイバ伝送の実証実験を実施し、データ積算時間2600秒で、周波数精度1×10-18に達する超高精度光周波数遠隔地間伝送に成功しました。この結果は、現在、世界最高性能の光格子時計※1の有する光周波数を、その性能を保ったまま、光ファイバで200 kmを超える伝送が可能であることを示しています。
光格子時計は、セシウム原子時計を桁違いに上回る超高精度な原子時計です。光格子時計の驚異的な精度の高さを利用する応用の一つが、複数の遠隔地に設置した光格子時計を光ファイバで接続し、その周波数差を遠隔比較する「相対論的な効果を使った標高差測定(相対論的測地※2)」です。それにより、重力ポテンシャル計測に基づく精度1cmレベルの水準点や、地震や噴火の前兆現象につながるわずかな地殻変動の日常監視など、新たなインフラストラクチャへの展開が期待されています。
本研究において、NTTとNTT東日本は、世界で初めて、平面光波回路(PLC)※3技術を用いた光周波数中継装置(リピーター)を開発し、このリピーターをカスケード接続※4した超高精度光周波数ファイバ伝送網を構築しました。構築したファイバ網に超狭線幅レーザーを伝送させ、伝送精度を評価することにより、1 cm精度の標高差比較が可能な1×10-18という周波数の精度を保ったまま、200 km級の遠隔地間へと伝送距離を拡張することを実証しました。この周波数伝送精度は、東大・理研が開発した世界最高精度の光格子時計を用いた遠隔地間周波数比較による相対論的測地が可能なレベルです。
本成果は2020年3月17日(米国時間)に米国科学誌「オプティクス・エクスプレス
」にて公開されます。
本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科研費特別推進研究(JP16H06284)及び科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業「クラウド光格子時計による時空間情報基盤の構築」(JPMJMI18A1)の支援を受けて行われました。
光格子時計は、光の周波数(数百THz)を基準とする超高精度な原子時計で、その周波数精度は現在の「秒」の定義となっているセシウム原子時計を桁違いに上回ることから、次世代の「秒」の定義の有力候補として世界中で研究されています。アインシュタインの一般相対性理論によれば、異なる高さに置かれた2台の時計を比較すると、低い方の時計は地球の重力ポテンシャルの影響を大きく受け、ゆっくりと時を刻むことが知られています。この原理を用いて、全国的に複数の遠隔地に設置した光格子時計を光ファイバで接続し、その周波数差を遠隔比較する「相対論的な効果を使った標高差測定(相対論的測地)」は、従来の原子時計ではできない新しい応用として注目されています(図1)。これを実現することによって、現在のGNSS(Global Navigation Satellite System)による測地精度では困難な1 cm精度の標高差測定が可能になり、各地の標高差を1 cm精度で常時モニターすれば、重力ポテンシャル計測に基づく水準点や、地殻変動の監視など、新たなインフラストラクチャへの展開が期待できます。地殻変動をリアルタイムに観測するためには、1×10-18という精度で2台の光格子時計の周波数差を数時間で計測する必要があります。光格子時計は、この極限的高精度にわずか数時間のデータ積算(平均化)時間で到達するという他の原子時計には無い特徴を備えており、現在、世界最高性能を有する光格子時計では、10000秒以上のデータ積算時間で、周波数精度1×10-18に到達します。従って、その光格子時計の特徴を最大限活かした相対論的測地の実現を想定した場合、まず第一歩として、光ファイバによる光伝送が、10000秒よりも短いデータ積算時間で、周波数18桁まで安定であることが必要不可欠です。さらに、このような光格子時計の光伝送ファイバネットワークを全国規模に敷設することを想定すれば、そのファイバ距離の拡張性も重要な要素です。過去に、東大・理研では、その最も基本的な実験として、2017年に本郷(東大)-和光(理研)間において、30 kmの無中継ファイバ伝送による2台の光格子時計の周波数比較を実現し、数cm精度の遠隔地間標高差測定の原理実証を行いました[Takano et al., Nature Photonics 10, 662 (2016)]。東大・理研で開発されたファイバ伝送の手法では、無中継で伝送できるのは100 kmまでが限度であり、数百kmの県レベルや数千kmの全国レベルにまで拡大するには、高精度を保ったまま光を中継しながら伝送する技術が必要となります。
本実験では、県レベルの域内における光周波数伝送ファイバネットワークを想定し、1 cm精度の標高差測定を実証するために、200 km級の超高精度光周波数ファイバ伝送技術の実現を目指しました。
今回の実験は、1 cm精度の標高差比較が可能な1×10-18という周波数の精度を保ったまま、200 km級の遠隔地間へと伝送距離を拡張するために、複数の区間に分けて、リピーターを介して中継するカスケード方式を用いたことを特徴としています。そのために、NTTとNTT東は、2015年10月より、東大本郷キャンパスを基点にNTT厚木研究開発センタまで、複数の中継局(電話局)を中継した実証実験用の超高精度光周波数伝送ファイバリンクを構築しました。リピーターによる中継では、光の位相を検出するために光干渉計が用いられますが、従来の空間光学系やファイバカプラを用いた光干渉計では、干渉計自体が発する雑音を除去できないという問題がありました。そこで、NTTが独自に開発した平面光波回路(PLC)による差動検波型マッハツェンダー干渉計を用いることで、安定に動作するリピーターシステムを開発し、温度・湿度・振動等の細心の対策が施された実験室環境とは異なる電話局内の商用環境に設置しました。この実証実験用ファイバリンクを用いて、1秒間のデータ積算時間で3×10-16、2600秒で1×10-18の周波数安定度※5および精度での伝送を実証しました。この周波数伝送安定度は、香取研究室が開発した世界最高精度の光格子時計を用いた遠隔地間周波数比較が実現可能なレベルであり、相対論的測地応用につながる成果です。
本実験チームは、今後、今回構築した超高精度周波数伝送ファイバネットワーク環境を用いて、和光及び厚木に設置する光格子時計の周波数比較実験を実施する予定です。これにより、200 km級の遠隔地間で、数cm精度の標高差を検知する相対論的測地の実証に挑戦します。さらに、JST未来社会創造事業「クラウド光格子時計による時空間情報基盤の構築」で目的とする光格子時計の全国規模のファイバネットワーク化を想定し、より多中継で安定な運用が可能なリピーターの開発を進め、この超高精度光周波数基準のファイバ伝送技術を1000 km級まで拡張した実証実験環境を構築する予定です。
Tomoya Akatsuka*, Takashi Goh, Hiromitsu Imai, Katsuya Oguri, Atsushi Ishizawa, Ichiro Ushijima, Noriaki Ohame, Masao Takamoto, Hidetoshi Katori, Toshikazu Hashimoto, Hideki Gotoh, and Tetsuomi Sogawa,
“Optical frequency distribution using laser repeater stations with planar lightwave circuits
”
Optics Express, Volume 28, Issue 7, pp. 9186-9197 (2020).