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フォトニック結晶とは?光電融合型情報処理技術が求められる背景と研究内容

今回の連載第1回では「フォトニック結晶」と呼ばれる素材について紹介します。ほとんどの方にとっては耳慣れない言葉ではないかと思いますので、まずフォトニック結晶とは何か、なぜフォトニック結晶の研究が必要なのか、について説明した後に、実際にNTTで行っている研究成果を紹介します。

フォトニック結晶とは?

フォトニック結晶とは、屈折率が周期的に変化する構造で、光を小さな領域に閉じ込め、光と物質の相互作用を高めることに利用されています。ナノ加工技術を使って半導体を微細加工して作製し、光を操作する構造を作ることができます。
この構造を用いることにより、非常に強い光の閉じ込め、スローライト状態、奇妙な負の屈折現象など、通常の物質では不可能なさまざまな現象が実現されることが明らかになってきています。またこれらの性質を用いて、光メモリなどの光デバイスのサイズおよび消費エネルギーを大幅に小さくすることに成功しており、本格的な光集積への道が見えつつあります。

なぜフォトニック結晶と呼ばれるのか

なぜこのような人工周期構造体がフォトニック結晶と呼ばれるのでしょうか。これを理解していただくために、まず通常の固体結晶について考えてみます。一般の物質は原子が周期的に整列して結晶を形づくっており、その周期性によって電気的特性が決定されています。結晶中に存在する電子には周期的なポテンシャルが働いています。周期ポテンシャル中の電子は自由空間中の電子とは大きく違う振る舞いを示すことが知られています。その結果として、自然界に導体、絶縁体、半導体など多彩な電気特性を持つ物質が存在するのです。別の言い方をすれば、自然界に多様な電気的性質を示す物質が存在する原因は、結晶の周期性に起因します。

この振る舞いは、電子の量子力学的な波動性に起因しているので、同じ波動である光についても同様な効果が期待できるはずなのですが、自然界の結晶の周期は0.1 nm程度で、光の波長に比べて圧倒的に小さすぎます。3桁以上小さいために、光はこの周期性を感じることができません。その結果、通常の物質は光についてはすべて導体(または吸収体)であり、光を吸収せずに通さない「光の絶縁体」は存在しません。そこで光の波長に適合したサイズ(典型的には200~400 nm程度)の周期構造を人工的につくれば、通常の物質では不可能な光学的性質を持つメタ物質を実現することができます。例えば光を全く通さない「光の絶縁体」を実現することができるのです。これがフォトニック結晶です。
 

図1 フォトニック結晶
図1 フォトニック結晶

フォットニック結晶が必要とされた背景

コンピューティング技術をこれからさらに発展させる上で、CMOS(相補型金属酸化膜半導体)技術の性能限界をどう克服するのかが現在の大きな課題となっています。CMOSの電子回路技術によるコンピューティング基盤は、「ムーアの法則」に沿って回路の高性能化をはかり、多量の情報処理を可能にしてきました。しかし微細加工や集積密度の制約により、電子回路による処理は速度と消費エネルギー面での限界が見えてきています。

このような状況でCPUを並列化して計算量こそ増えているものの、近年は応答遅延の性能は頭打ちという状況が続き、情報処理のボトルネックになっています。しかし、これからはセキュリティ分野や自動運転、災害予測や交通コントロールなど、ますます低遅延でのオンライン処理や高速なイベント処理が必要な世界になっていくため、これをどう解決するかが問われています。つまり光信号と電気信号を相互に変換する素子を小型化・省エネ化し、高密度な光電変換インターフェースを実現することが情報処理の技術革新に求められているのです。
NTTは長年研究してきたフォトニック結晶の技術を用いて、この課題をクリアしようとしています。

フォトニック結晶で光電融合にブレークスルー

近年急速に進歩した半導体微細加工技術によって作製が可能になり、現在さまざまなタイプのフォトニック結晶が活発に研究されています。フォトニック結晶により、光スイッチ、レーザ、光メモリ、レーザ光源といったさまざまな光デバイスにおいて、低消費電力での基本動作が確認されています。また,ナノ受光器やナノ光変調器など,光と電気の信号を相互に変換するデバイスを低消費電力化させるためにもフォトニック結晶は欠かせないものなのです。

NTTではナノフォトニクス技術を20年ほど前から研究しており、10年ほど前には光で光を制御する光スイッチの研究が進み、フォトニック結晶を使うと消費電力が小さくなることがわかり、工業技術に使えるものとしての方向性が見えてきました。さらにここ4〜5年でフォトニック結晶を使った光電融合の研究が進み、極めて低い電気容量(キャパシタンス)の光電子集積が可能であることを見出し、研究が進展することとなりました。NTTではフォトニック結晶を用いて世界最小の電気容量をもつ光電変換素子の集積に成功しています。2019年4月、世界最小の消費エネルギーで動作する光変調器と光トランジスタの実現を発表しました。これによる回路が実現されれば、従来にはない超低消費エネルギーの高速コンピューティング基盤の実現も可能だと、大きな期待が集まっています。

NTTでは2019年に、近未来のスマートな世界を支えるコミュニケーション基盤「IOWN構想」を発表し、2030年頃の実現をめざし研究開発を進めています。このIOWN構想を支える基盤ともいうべきAPN(オールフォトニクス・ネットワーク)のキー・テクノロジーとして光電融合技術は位置付けられています。
 

図2 光伝送技術の短距離化と光電融合情報処理への展開
図2 光伝送技術の短距離化と光電融合情報処理への展開

参照

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