NICの研究開発

APN IOWN1.0を支える遅延マネージドネットワーク技術:OTN Anywhere(1)

NIC 光トランスポートシステムプロジェクト

#IOWN#オールフォトニクス・ネットワーク(APN)#OTN Anywhere

2024/8/2

APN IOWN1.0を支える遅延マネージドネットワーク技術の紹介動画
遅延マネージドネットワーク技術のイメージを掴んでいただくための紹介動画(約4分)となりますので、ご覧下さい。

はじめに

通信遅延を自在に操る遅延マネージドネットワークというコンセプト及び要素技術を未来ねっと研究所で創出し、それらを具現化するOTN Anywhere装置の商用開発をNICで進め、APN IOWN1.0として世にリリースしました。物理的な極限に迫る低遅延化を図った上で、ユーザの手元まで遅延ゆらぎゼロのエンド・エンドの通信パスを設定、そして遅延の見える化、さらに、遅延の調整を可能としました。遅延マネージドネットワークによりさまざまなユースケースにおけるUXを変革していきます。

通信遅延の重要性の高まり

通信サービスの高度化にともない、通信技術を駆使したリモートアクティビティが増加しています。さらに新型コロナウイルス感染症の広がりにより生活スタイルの一変が余儀なくされ、この流れは一層加速しました。従来の映像配信のような単方向の通信に加え、双方向に映像や音声を通信するようなインタラクティブなアクティビティが出現してきています。例えば、図1に示すような全国規模の遠隔eスポーツ対戦などが考えられます。即時的な応答の良し悪しがUX(User eXperience; ユーザ体験)の満足度に直結するため、通信遅延が極めて重要な性能指標となります。通常のインターネットでは、物理的な距離に依存して通信遅延が異なり、またネットワークの混雑状況により遅延が変動してしまいます。そのため、複数の都市に跨った遠隔eスポーツ対戦、特に一瞬の遅延が勝敗を決するようなプロフェッショナルな対戦では不公平な通信環境がクリティカルな問題となります。このようなユースケースにおいては通信の低遅延化、そして、如何に公平な通信環境を提供するかが重要になってきます。

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図1

低遅延できめ細やかな遅延制御が可能な通信サービスは、双方向のやりとりが求められるライブエンタテイメントや遠隔コラボレーション、さらには、今後急速な発展が予想されるXRやメタバースなどの領域においても重要な役割を演ずるものと考えられます。
以上のような背景を踏まえ、通信遅延を自由自在に操れるようなネットワークを実現すべく検討を進めてきました。

遅延マネージドネットワーク

我々は先進の光ネットワーク技術によりUX変革を実現することを強く念頭に置き、遅延マネージドネットワークのコンセプトを創出しました。その特徴は次の3点です(図2)。

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図2

① ユーザの手元への通信パス提供
インターネットは日常生活に不可欠なものとなって久しいですが、今後もその重要性は増すに違いありません。ただし、ベストエフォートという特徴から混雑時には通信遅延が増大し、通信容量が低下し、場合によっては信号が欠損してしまいます。こういった特性が一部のユースケースにおいてはUXを著しく低下させます。そこで、これを補完するような特徴を持つ通信、つまり、通信遅延の変動がなく、どれだけ大容量でも、どれだけ混雑していても、影響を受けることのない通信、すなわち、いつでもどこにでも必要な通信パス*1 をユーザの手元に提供できるようなネットワークを実現したいと考えました。

② 通信遅延の見える化と調整
通信遅延に対する要求の高まりから、できる限り低遅延を実現することはもちろんですが、通信遅延を見える化し、さらに必要に応じて通信遅延を調整することで優れたUXを実現できるのではないかと考えました。その際、通信経路上の一部の区間だけ遅延測定しても意味はなく、エンドユーザの通信遅延をエンド・エンドで測定する必要があります。その観点でも1点目に挙げたユーザの手元への通信パス提供というのは重要です。また、通信遅延が時々刻々と変動するような通信方式では、通信遅延を測定したとしても次の瞬間には遅延が変動してしまうため、あまり意味がありません。したがって通信遅延が変動しないような通信方式を採用することが重要となります。

③ 多様なユーザ信号の収容
さまざまなユースケースに対応するためには、ユーザからの多様な信号に対応できる必要があります。世の中に広く普及しているイーサネットはもとより、さまざまな映像信号や音声信号などを通信パスに収容することで、将来の多様なトラフィックを支える通信基盤になり得ます。

IOWN 1.0 を支える技術

遅延マネージドネットワークを具現化するための装置として以下の特徴を持つOTN Anywhereの開発を進めました(図3)。

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図3

OTN Anywhereはオールフォトニクス・ネットワークの末端に接続される装置であり、長距離光伝送装置と組み合わせて使用します。国際標準OTN(Optical Transport Network)*2 の標準インタフェースであるOTU4をネットワーク側インフェースとして具備することで、市場に存在するさまざまな長距離光伝送装置との接続を可能としています。OTN Anywhere間に設定される通信パス(ODUパス)は長距離光伝送装置をそのまま透過するため、接続する長距離光伝送装置の種類を問わずOTN Anywhereの機能を享受できます。また、OTN Anywhereはユーザとの接点になる装置であり、ユーザ拠点に設置し、通信パスをユーザの手元に提供、そしてユーザ信号をOTNに直接収容することを可能にします。さらに、OTN Anywhereはこれまでの光伝送装置が具備することのない新しい機能性を提供します。今回の開発では通信遅延の測定と調整を可能にしました。表1に概略仕様を、図4に外観写真を示します。

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表1
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図4

つぎに、OTN Anywhereに実装している主要な要素技術を第2節で説明した3つのコンセプトに対応づけて説明します。

① ユーザの手元への通信パス提供
幹線系の長距離光伝送においてグローバルで使用されているOTNプロトコルを採用しています。OTNを用いることで100%帯域保証、物理的な極限に迫る低遅延、遅延ゆらぎゼロという特徴を持たせています。一般エンドユーザの目に触れることの少ないプロトコルですが、ユーザの手元に通信パス(ODUパス)を提供するために、ユーザ拠点に設置可能な1ラックユニットの小型装置として実現しています。図3に示すようにユーザ向け通信パスをエンド・エンドで設定することができ、当該ユーザ専用の通信路として占有して使用することができます。またODUパスは他のトラフィックに影響を与えることなく多重することができ、1ユーザが一波長の容量を使い切らないような場合でも効率的な信号収容を可能にします。

② 通信遅延の見える化と調整
エンド・エンドで設定されたODUパスに対して、遅延測定機能と遅延調整機能を具備しています。
遅延測定機能はODUパスの通信遅延をマイクロ秒精度で測定します。ODUパスの端点において遅延測定用信号を主信号に影響を与えずに挿入し、その後、伝送されてODUパスのもう一方の端点に到着、ループバックされ、また元の端点に戻ってきます。その往復時間を測定します(図5①)。これはITU-T勧告G.709に規定されるODU遅延測定機能に準拠しています。従来OTNプロトコルは幹線系の長距離光伝送装置で使用されていたため、エンドユーザの視点ではエンド・エンドの通信遅延を取得することは難しく一部区間を測定できるだけでした。今回、OTN Anywhereではユーザの手元までエンド・エンドのODUパスを設定できることから、遅延測定機能がより意味を持つものになります。
つづいて遅延調整機能について説明します。エンド・エンドのODUパスにより遅延ゆらぎゼロの確定的な遅延を持つ通信回線をユーザに提供可能となりますが、必要に応じて遅延を付与し所望の通信遅延に調整する機能を今回新たに開発しました(図5②)。遅延調整には即時遅延調整モードと無瞬断遅延調整モードという2つの動作モードがあります。即時遅延調整モードは信号の瞬断をともないODUパスの遅延を即時に調整する動作モードです。ODUパスの使用開始前などに大きな遅延を付与する場合に適した動作モードです。一方、無瞬断遅延調整モードは信号断をともなうことなくODUパスの遅延を徐々に調整する動作モードです。遅延調整時においてもODUパスの信号断が許されないようなユースケースやODUパス使用中に遅延を微調整するような場合に有用な動作モードです。
上述の2つの機能によりエンド・エンドのODUパスを設定後、通信遅延を測定して調整するという自在に遅延を操る機能を実現しました。レイヤ1のOTNで当該機能を実現しており上位レイヤのユーザ信号種別に依存しないため、さまざまな用途への応用が可能となっています。

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図5

③多様なユーザ信号の収容
今回、OTN Anywhereではもっともメジャーなユーザ信号であるイーサネット(10GbE / 100GbE)に対応させました。単にイーサネットの長距離転送を可能にするだけではなく、市販のさまざまな機器を併用することで、例えば、映像や音声などの長距離転送が可能となります。このときに、便宜的にイーサネット信号を介してOTNに信号を収容することになりますが、ODUパスの経路上ではレイヤ2やレイヤ3のパケットスイッチングは存在しないため、遅延の極端な増大や遅延ゆらぎが発生することはありません。

上記のような要素技術を実装したOTN Anywhereを用いることで、通信パスの遅延を測定したり、必要に応じて調整したりすることが可能になります。例えば、OTN Anywhereで測定した通信遅延を他のシステムや計算機あるいはオペレータに通知することで、通信遅延を考慮したリアルタイム処理や計算機処理あるいは遅延にセンシティブなオペレーションが可能となります。また、冒頭でリモートアクティビティの一例として掲げた遠隔eスポーツ対戦においては、まず各拠点間の通信遅延を測定し、その後、それらの通信遅延を揃えることで公平な通信環境を実現することが可能となります。

おわりに

APNの早期実現に向けて、その先行版となる遅延マネージドネットワーク技術OTN Anyhwereの研究開発の取り組みについて説明しました。さらなる機能拡充や技術革新によりAPNを持続的に発展させていきたいと考えています。今後のOTN Anywhereの発展の方向性として、コンシューマ系やレガシー系を含むユーザ信号のさらなる多様化への対応、通信パス冗長機能や多拠点通信機能など新規機能の追加、APNへの経済的な接続方法などの検討を進めています。お客様の要望を踏まえ、そして、ニーズや効果を見極めて、実現を図っていきたいと考えています。
みなさまからの提案によって、OTN Anywhereのユースケースはさらに広がります。さまざまな領域の皆様からのコラボレーションのご提案をお待ちしております。

脚注(用語解説)

*1 通信パス: 回線交換方式によりユーザに提供する通信回線。電話回線のように、通信を行う際にはあらかじめ回線設定を必要とするコネクションオリエンテッド型の通信。OTNにおける通信パスはODUパスと呼ばれる。

*2 OTN (Optical Transport Network): 国際電気通信連合 電気通信標準化部門(ITU-T)で規定されるレイヤ1プロトコルの一種。幹線系の長距離光伝送装置においてグローバルで広く使用されている。

参考文献

(1) 大原・小田・犬塚・新宅・武智・臼井・島崎・大西:" APN IOWN1.0 を支える遅延マネージドネットワーク技術","NTTジャーナル, Vol.35, No.7 pp.28-30, 2023",

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