エッセンシャルワーカーの身体行動を伴う業務を遠隔化するには義体上でエッセンシャルワーカーの技能を再現することが求められます.近年では,コンビニでの商品入替,データセンターでのLANケーブル差替といった人間にとって比較的シンプルな業務ではロボット化の検討が進んできています.しかし,看護師や介護士等の専門職の複雑な業務は現場で体得する暗黙知として取り扱われている技能が多く存在し,ロボット化が困難です.これらの身体知ともいえる技能はデジタル上で取り扱うための要件が明確でないため義体上で再現ができず,遠隔化が困難となっています.看護行為,介護行為などの人間にとっても複雑な業務において発揮される技能を義体上で再現するために,どのように技能をデジタル上で表現するかが課題となります.
高度な専門業務で発揮されている技能をデジタル上で表現していくためには,その技能がどのような専門知識に基づいて身体行動として表出しているのかを解き明かし,体系化することが必要です.例えば,病棟という環境での入院患者への対応時に,“入院患者が喘息を患っている”,という状況の知識と“喘息の患者の場合は聴診器で呼吸音を必ず確認する”という業務知識があって“聴診器で喘息患者の呼吸音を聞く”という身体行動につながっていきます.このように,どのような環境,状況でどのような知識を用いているか,その知識に基づいてどのような身体行動が表出しているかを体系的に整理することで,義体がどのような環境,状況でどのように動けば良いかが定義できます.
身体行動体系化の取り組みでは,義体が動作するために必要な身体行動情報を体系的に定義するとともに,どのように取得して表現するかについて研究開発を進めています.身体行動情報の対象となる身体行動は,マニュアル化されて言語化が進んでいる身体行動もあれば,マニュアル化されておらず,現場の暗黙知として存在する身体行動もあります.また,マニュアルで記載されている行動と現場の行動が乖離している場合もあります.これらの身体行動の実態を把握して専門知識等と結びつけてデジタル上で取り扱えるようにすることで身体知といわれる技能の義体上での再現をめざしており,コンビニの業務において顧客や従業員の行動をマニュアルより細かい粒度で把握することでマニュアルのみでは把握できない身体行動を把握する技術や通信建設における高所作業での作業者の行動を1人称視点で認識し,マニュアルで定義されている安全規則に基づいて行動しているかを評価するデータセットの開発を行ってきました.
今後はコンビニの業務や高所作業を対象とした施策で得た知見をエッセンシャルワーク向けに応用し,このような現場実態を把握する身体行動認識技術に加えて専門知識と身体行動を結びつける方法を確立することで,これまで義体上で再現できていなかった身体知といわれるような技能の再現に向けて取り組んでいきます.
※文献リストはロボティックスのページに掲載しています.